第5話 ガクジョウの追撃
少し前の話である。薄雲の隙間から、月明かりが漏れ出ている夜であった。
「……そういうわけですぜ、ガクジョウ様」
リーダー格の茶髪ケット・シーがトモエたちの居場所を告げ口したのは、エン州のガクジョウであった。それを聞いたガクジョウの麗しい顔に陰険な笑みが浮かぶ。
「そうか、ご苦労であったよ」
「オレたちをリョウトウの屋敷に住まわせてくれるんだよな?」
本来、魔族たちは他種族との取引などしない。けれども兄ガクキを傷つけられたガクジョウは、ケット・シーたちを秘密裏に抱き込み、リョウトウという都市に屋敷を立ててやるという条件で彼らを利用していた。そうしてようやく、ガクジョウは彼らから憎き敵――トモエたちについての情報を得たのである。
「ああ、勿論さ」
「やった! これでもう宿無し暮らしとはオサラバだぜやっほー……うぐっ!」
茶髪のケット・シーの胸に、矢が刺さった。そのまま、茶髪は後方へと倒れた。
「約束は守るよ。生きたままで、とは言ってないけどね」
いつの間にか、ケット・シーたちを傀儡兵が包囲していた。
「だ、騙してたのか!?」
背の高いケット・シーが叫んだ。彼は逃げようと
ガクジョウの剣であった。
「くっ、くそっ逃げるぞ!」
他の二人のケット・シーは姿を消す魔術を使い、その場から逃走を図った。トウケンも、それに続いて姿を消して逃げ出した。
「ボクから逃げられると思わないことだね。陰の魔術、
雲を裂いて、上空にもう一つの月が姿を現した。ガクキの「
偽の月は、赤く光り輝いた。そして、そこから矢の形をした光弾が無数に降り注いだ。圧倒的な面制圧。姿を消して逃れようにも、この制圧射撃を掻い潜るのは至難の業である。
光の矢の雨が降り止むと、そこには二人のケット・シーの死体が転がっていた。矢に貫かれたことで、透明化の術の効果が切れたのであろう。
「弩で一匹、剣で一匹、
ガクジョウは首を傾げた。五人いたケット・シーの内、一人を討ち漏らしてしまったのである。
その討ち漏らしこそが、トウケンその人であった。トウケンも頬と左肩、それから背中にかすり傷を作ってはいたが、奇跡的に致命傷になるような一撃は貰わずに済んだ。ただ一人の生き残りとなった彼は、透明化の術を使いながら、必死に逃走を続けていた。
(自分のせいだ……)
これは、罰だ。自分たちの利益のために、あの人間とエルフの一行を魔族に売ったのだ。そのことが、どうして天から責められずにいられよう。
そう思いながらも、トウケンは逃げ続けた。仲間たちは自分に決して優しかったとは言えない。寧ろトウケンの記憶の中にあるのは、冷たくされた思い出しかない。けれども、彼らと組んだことで今まで生き延びてこられたのだ。これからどうするべきか……
ふと、トウケンの頭に、トモエたち四人のことが浮かんだ。彼らは今まさに、トウケンのせいで窮地に陥ろうとしている。
(……助けなきゃ……!)
トウケンの中に、使命が発生した。あの四人を助ける。それが自分にできる、せめてもの罪滅ぼしなのだ。
***
さて、初日の戦闘を終えたトモエたちは、次の朝を迎えていた。
東天から昇った太陽とともに、傀儡兵の大部隊が彼方から姿を現した。今度は歩兵だけではなく、疾走する戦車の姿も見えた。
「げっ……戦車……」
リコウはロブ村での出来事を思い出して苦い顔をした。戦車の相手というのは難しい。できれば戦いたくない相手である。
黄色い砂塵を巻き上げながら、戦車が五台、こちらに突っ込んできた。馬には魔導鎧が着せられている。重戦車だ。
「闇の魔術、
エイセイが威斗を振り上げる。戦車の進路に、黒い稲妻が降り注いだ。五台の内、二台は稲妻の直撃を受けて馬と車、傀儡兵全てが黒焦げになった。残りの三台は、巧妙に回避しながら向かってくる。
さらに、後方から歩兵の大軍も迫ってきた。弩兵による支援射撃が、雨霰のように降り注いでくる。シフは即応し、
「戦車が来る!」
「任せて! リコウくん!」
トモエが、戦車の前に立ちはだかった。車台から弩兵が放った矢を回避しつつ、直進してくる馬に向かって強烈な蹴りを食らわせて横倒しにしてしまった。馬に着せられた魔導鎧など、トモエの前では無力である。
その時、一台の戦車が、エイセイに向かって突っ込んできた。戈を持った傀儡兵が、その首を刈ろうと戈を振り上げる。
エイセイは近接戦闘にてんで弱い。敵に接近されればほぼ無力に近いのだ。絶体絶命の状況であった。
「エイセイに手を出すなぁ!」
剣を抜いたリコウが、そこに踊りかかった。戈を振り下ろした傀儡兵の腕を、リコウはばっさりと切り落とした。木製の腕が、握られた戈ごと地面にぼとりと落下した。
「リコウ……」
その時、エイセイは頬を朱に染めながら、剣を手に怒気を発するリコウをそっと見つめていた。
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