第26話 敵将スウエンとの邂逅

「発射!」

 エイセイの放った黒い球体が、敵の後方に飛来し、傀儡兵をまとめて吹き飛ばした。

「いくらやっても全然敵が減ってくれない……」

「エイセイ、大丈夫?」

「ああ……ボクは大丈夫だけど、姉さんは?」

「うん、まだまだ行けるけど……」

 魔術というものは、決して万能の力ではない。走ったり剣や槍を振るえば疲れるように、魔術を使い続ければ当然術者の身体に負担がかかる。高い威力の攻撃魔術を連発したエイセイは勿論であるが、「千里眼」を使い続けているシフもまた、疲弊しているに違いないのだ。

「エイセイ! シフ! 敵が来るぞ!」

 声の主は、リコウであった。鎧の揺れる音を鳴らしながら走ってきたリコウの表情には、切羽詰まったものがある。

「やっぱりか……敵の数は?」

「正確には分からなかったけど……かなり多かった。戦えそうか?」

「うん、ボクの魔術は遠くに飛ばすだけじゃないから……」

「シフもお手伝いするよ!」

「取り敢えず、オレが斬り込む。討ち漏らした奴らを狩ってほしい」

 エイセイとシフが頷くのを見たリコウは、剣を抜いて構えた。やがてその視線の先から、弩や槍、剣などを構える傀儡兵の部隊が姿を現した。

「お前たちの好きにはさせねぇ!」

 リコウが剣を振るって踊りかかる。たちまち二体の短兵が斬り伏せられ犠牲になった。しかしそこに弩兵が狙いをつけている。弩に装填された矢が、リコウの方を向いている。

「闇の魔術、暗黒雷電ダークサンダーボルト!」

 弩兵たちの頭上に、真っ黒な雲が渦を巻き始めた。そして弩兵が引き金に指をかけたまさにその時、その黒雲から、黒い稲妻が弩兵たちに降り注いだ。けたたましい雷鳴とともに傀儡兵の体に電流が流れ、それが止んだ頃には、傀儡兵の木製のボディは炭のように黒焦げになっていた。

「あ、ありがとう……」

 リコウはエイセイの方に向かって軽く頭を下げると、再び敵と睨み合った。だが、その時、さっき黒焦げになった弩兵とは反対側の方向から、数体の弩兵が姿を現した。その弩の狙いはリコウではなく、魔術を放ったエイセイの方を向いている。

「……まずい!」

 リコウはそのことに気づいたが、弩兵に肉薄して全員斬り捨てるには間に合わない。

「こうなったら……」

 リコウは走り出した。弩兵の指が引き金にかかる。エイセイが自分の方を向く弩に気づいた時には、すでに斉射の寸前であった。魔術攻撃によって弩兵を排除するには、時すでに遅しであった。

 ――駄目だ。助からない。

 エイセイは死を覚悟した。引き金が引かれ放たれた弩は、空を裂きながら一直線にこのエルフの少年の方に向かってくる。せめて後少し気づくのが早ければ、と思うと遣る瀬無い。

 だが、その矢がエイセイの体を貫くことはなかった。エイセイの前にリコウが立ち、その矢を一身に浴びたのである。

「リコウ!」

「……いいや大丈夫だ。そんな人が死んだ時みたいな顔しないでくれよ」

 弩兵の矢は、リコウの魔導鎧によって弾かれてしまったのだ。魔導鎧の防御力をたのみに、リコウは敢えてエイセイの盾となり、その身を弩兵の前に晒したのである。

「今だ!闇の魔術、暗黒雷電ダークサンダーボルト!」

 次の矢を装填中の弩兵の頭上に、黒い雷が落ちた。先程の弩兵と同じように、黒焦げになった弩兵が、動きを止めて地面に転げた。

「よかった……何とか間に合った……」

「……でも血が……」

 エイセイは、リコウの左の腕関節から血が滲んでいるのを見つけた。魔導鎧の防御力は大したものであるが、当然鎧には隙間がある。大量の矢を浴びれば、その中には隙間部分をかすめるものがあってもおかしくはない。

「シフが治すよ。任せて」

 エイセイの後ろから現れたシフが、出血しているリコウの左腕に手をかざした。すると、リコウの傷口は、みるみるうちに塞がっていった。

「凄い……こんなことができるのか」

「シフは回復魔術得意なの」

「ボクの姉さんは支援魔術ならうちの村一番だから」

 エイセイの扱う魔術が攻撃に特化しているのに対して、シフは味方を助ける魔術が得意である。互いに得意分野が違っている二人は、上手く短所を補い合いながら今までやってきたのだ。

「あっ……待って……これ毒が塗ってある……もうちょっと待って」

 この矢には、血液の凝固を阻害する毒が塗られていた。処置が遅れれば、たとえ命が助かったとしても腕が腐って切断しなければならなくなる等の後遺症が残ってしまう危険がある。シフは毒による症状が発現しているのを見抜いて、解毒のための回復魔術を施し続けた。

「……ふう。これで毒も大丈夫かな」

「ありがとう」

 シフの素早い処置によって、毒が回ってしまい壊死を引き起こす前に回復しきった。処置が少し遅れていれば、シフでも回復は難儀したかも知れない。

 取り敢えず、視界に収まる範囲の敵は掃討できた。リコウもエイセイもシフも、一息つくことができた。

 その時のことである。

ごんの魔術、拘束金輪キャッチング・リング

 エイセイとシフ、そしてリコウの体を拘束するように、金属の輪が出現した。

「な……敵の攻撃か!?」

 リコウは力ずくで腕を開こうとしたが、輪はびくともしない。このような攻撃を傀儡兵が行うことは絶対にない。だからこれが敵の魔族による魔術攻撃であるということはすぐに分かる。

「エイセイ、シフ、これどうにかなりそうか……」

「……ボクには無理だ」

「ごめんね……シフもちょっとどうすればいいか分からない……」

 頼みの綱である二人のエルフがそう言っている以上、これはどうあっても外すことはできない。そのことをリコウは理解したのであった。

だな……リコウ少年」

 三人の目の前に現れたのは、赤い髪をした少女であった。頭には白い頭巾を被り、手には羽扇を持っている。首の右側にある紋章を見るに、この少女が魔族であることは明らかだ。この少女こそ、この軍の総大将、スウエンである。もっとも、この場の三人は、目の前のこの者が敵の総大将であることなど知らない。

「誰だお前……何でオレの名前を知ってるんだ……?」

 リコウは目の前の少女のことなど知らないし見たこともない。正真正銘、初対面である。なのに、この女は今、自分の名前をはっきりと呼んだのだ。

「ああ……そうか。そうよな。リコウ私のことなど知るはずもないか」

 魔族の少女が、少しずつ近づいてくる。

「近づくな!闇の魔術……」

 エイセイは魔術で目の前の少女を攻撃しようとした。だが……

「あれ……出せない……何で……?」

「ああ、私の拘束金輪キャッチング・リングには敵の魔術の発動を封じる効果も付いているからな」

 敵の魔術を封じる……少女の言うことが本当だとすれば、この目の前の魔族はかなり高位の存在であり、強力な魔術を操ることができる優れた術者である。そもそも魔族は若い容姿をしている程強力であり、それに照らせば十代の後半ぐらいに見えるこの魔族少女はレベルの高い魔術を扱えても全くおかしくはない。

「私の名はスウエン。エン国で御史大夫を務めている」

「スウエン……?」

 リコウの知る人物に、そんな者はいない。やはり初対面だ。

「……リコウ、改めて会ってみて分かったわ。私は貴方を殺さねばならない」

 氷のように冷たい眼差しが、リコウの喉元に突き刺さった。

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