第25話 お姉さんの拳は今日も快調

「オレも頑張らなきゃ!」

 リコウは弓を手に取り、矢を番え放った。弓の腕ならば、リコウもドワーフたちに決してひけを取らない。矢は吸い込まれるように傀儡兵の胸を貫いた。

 そして、圧倒的な数を前に八面六臂の大暴れしているのが、ご存知の人物である。

「はああっっ! 必殺!」

 トモエの拳が、傀儡兵を一撃の元に打ち砕く。その後ろから現れた短兵と槍兵も、その刃がトモエの体に届く前に粉砕された。傀儡兵など、もうトモエにとっては勝手知ったる相手であった。いくら数がいようと相手ではない。

「さっき休んだから、まだまだイケるよ?」

 言いながら、トモエは拳を鳴らして挑発した。勿論、そのような挑発が、心を持たない傀儡兵に通じるはずもないのであるが。

「何だあいつは……弩兵隊!」

 トモエの前方にいた部隊長が、恐怖の混じった声で叫んだ。弩に装填された矢が、一斉にトモエの方を向く。

「まぁたそれかぁ……芸がないなぁ……」

 弩の引き金が、一斉に引かれる。トモエは呆れ顔をしながら軽い身のこなしでその矢を避け、その内の一本を掴んで投げ返した。その矢は傀儡兵の間をすり抜け、部隊長の首に深く突き刺さった。

「な……こいつ……」

 それが、部隊長の辞世の句となった。弩兵が次の矢を装填している間に、トモエはそこに急接近し、好き放題暴れ回った。さっきまで武器を持ち戦っていた傀儡兵たちが、次々とただの壊れた木人形に変えられていく。

「クッ、クソ! 数ではこちらが上なんだ! すり潰せ!」

 別の下級武官が吠えると、トモエの所に傀儡兵が集中し始めた。だが、この女は殺到する敵兵を見ても怯えた顔など少しも見せず、不敵な笑みを浮かべたのであった。


「発射!」

 エイセイの「暗黒重榴弾」が投射され、とうとう最後の床弩が破壊された。これで大型射撃武器の脅威を排除することに成功した。

「次は敵兵をなるべく削ろう。姉さん、お願い」

「うん、分かったよ」

 エイセイはシフの力を借り、次の狙いを敵兵に定めた。だが、敵は散開していて、さらに局所的には味方と乱戦になっている所もあり、なかなか狙いがつけられない。仕方なく、敵の後方部隊に次の目標を定めた。

 黒い球体が、再び発射される。球体は山の麓にいる後方部隊に着弾し、その場にいる傀儡兵をまとめて吹き飛ばした。

「敵が広がっていて上手く狙えない……」

 敵が散開し、薄く広く包囲陣を敷いていては、一度の攻撃で多くの敵を巻き込めない。自軍の被害を最小限に留めるための、スウエンの講じた策が功を奏したのだ。敵を効率よく減らせないことに、シフもエイセイも歯痒い思いでいた。

 しかし、長距離攻撃が可能な者は、敵に狙われやすい。黒い球体の出所であるエイセイとシフの居場所はすでに掴まれ、多くの兵がそちらに向かっていたのである。


「こいつら……次から次へと!」

 リコウは弓を引き、敵兵を射倒しながら毒づいた。仕留めても仕留めても、次々と後ろから兵が湧いてくる。剛腕を誇るドワーフたちも一人また一人と血を流して斃仆へいふし、もう残っているのは隊長のラーテとその他二人程度である。散開して遠距離攻撃による被害を減らしつつ、接敵する際には常に傀儡兵はまとまってぶつかる。傀儡兵は常に一対一になる状況を作らない。個の武力を、数と組織の力ですり潰す。エン国軍が今行っているのはそういう戦いである。

「矢がなくなってきた……」

 矢筒の矢を使い切ったことに気づいたリコウは、腰の剣を抜き、盾と槍を構える目の前の傀儡兵に踊りかかった。槍による攻撃を掻い潜って懐に潜り込み、たちまちに二体の敵兵を剣撃の餌食とした。

 右方から足音を聞いたリコウは、そちらに首を向けた。すると、弩兵、槍兵、短兵からなる一隊が、山頂目指して走っているのが見えた。山頂には、攻撃の要であるエイセイとシフの二人が陣取っている。

「まずい……直接狙いにきたか!」

 敵の狙いを、リコウは察知した。リコウはさらに目の前の傀儡兵二体を斬り伏せると、二人のエルフを敵の手から守るために、脱兎の如く駆け出した。


 個の武力を数と組織の力で封じ込めすり潰す。そういった戦い方が通用しない戦士が、この戦場には確かに存在していた。

「あたしを止められるもんなら止めてみなさい!」

 トモエは拳で傀儡兵を打ち砕きながら、勝ち気な表情で言い放った。どれほどの傀儡兵に襲われようとも、この格闘女は少しも怯まない。武器を持った傀儡兵が徒手空拳の女に押されているというのは、傀儡兵を従える魔族にとっては全く信じられないことであった。

「ふぅん……一人厄介な敵がいる……」

 スウエンは戦況を冷静に見つめていた。ドワーフはあらかた片付けたものの、人間の女が異常な戦闘能力を発揮して暴れ回っているのを、この指揮官も把握していたのである。

「 私が山頂に向かうわ。あの女は傀儡兵を差し向けて釘付けしておきなさい。リップク!」

「はっ!」

「この場は任せたわ」

 スウエンはリップクと呼ばれた副官の男に命じると、戦車を降り、護衛の歩兵を伴って徒歩で山を登り始めた。

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