第19話 ドワーフの村へ

「左軍、布陣完了しました」

「こちら右軍、布陣完了しました」

 総大将スウエンの元に、左右両軍の将から通信が入った。報告を受けたスウエンは、その可愛らしい口の端を上げて笑みを浮かべた。


 歩兵十万、戦車二千台のエン国軍は布陣を終えた。その陣の形は、まるで鶴が翼を広げるかのように大きく広がっている。大軍が左右に大きく張った翼に敵を抱き込み、包囲し殲滅するのに最も適した陣形だ。スウエンとゲキシンのいる本隊は、小高い丘の上に置かれた。目下には黄色い皮甲を纏った傀儡兵が隊列を組んでいる。

「さて、ではゲキシン、頼んだよ」

「任せてくだせぇ姐さん!」

「だから、姐さんはやめろと言っているでしょう。私は将軍の印を授けられているのよ」

 スウエンが、隣に座るゲキシンを睨んだ。

「す、すんませんスウエン上将軍……」

「まぁいい、しっかり働くのよ。重ね重ね言うけど、この戦いは貴方の働きにかかっているのですからね。」

 この度の戦においてエン国側が立てた策においては、ゲキシンの持つ魔術が鍵を握っている。彼の働きが、この勝負を決めると言っても過言ではないのだ。


 


 その頃、トモエとリコウはエイセイ、シフと呼ばれた二人のエルフを伴って、指定された場所に向かっていた。そこにはドワーフ族の集落があるらしく、そこで兵を借り、目標の地点まで迎えという指示が四人に下されていた。

 エルフとドワーフは両方とも「妖精族」というグループに属しており、人間とも魔族とも違った存在である。妖精族はおしなべて長命であり、千年以上生きている者がいるのはエルフもドワーフも共通なのであるが、それ以外の部分は大きく異なる。魔術を扱い、麗しい容姿の美少年美少女ばかりのエルフ族と違い、ドワーフ族は背が低く筋肉質で、魔術は扱えず、代わりに膂力りょりょくに優れている。容姿も精悍で厳めしい印象を与える者が多いという。特に男性の場合、その顔はほぼ例外なく髭に覆われている。

 エルフの集落とドワーフの集落は森の中の到る所に点在している。普段は不仲であり特段協力関係にあるわけではなく、積極的には交わりを持たないのであるが、森を荒らす者が現れた場合は別である。両者とも「森に害をもたらす者は許さない」という点では一致しており、その脅威の程が大きい場合には共闘することもあるのだ。

「へぇ~お姉さんたち、凄いね」

「いやぁあたしはそれ程でも……」

 エイセイとシフという二人のエルフの内、シフの方は非常にフレンドリーで、トモエとリコウの両名に気さくに話しかけては人間の村落の話やヤタハン砦の激戦の話などを聞いて目を輝かせていた。対するエイセイと呼ばれた少年は、終始無言であった。

 シフ曰く、彼女とエイセイは姉と弟の関係にあるのだという。エイセイは昔から警戒心が強く、特にシフ以外の女の子に対しては自分に近づくことさえ許さない程なのだそうだ。今も、トモエがエイセイの方を向くと、このエルフ少年は距離を取りながら敵意のこもった眼差しで睨みつけてくる。


 エルフの森は広大であった。途中で何度も集落を通り、その過程で寝食の世話になりながら、ようやく指定されたドワーフ族の集落に向かった。

「ようこそ、お前たちが例のエルフと人間ダナ? オレはラーテという。この度の護衛部隊の隊長よ」

 出迎えたのは、顔中髭で覆われた、強面のドワーフであった。その後ろの方には、同じような髭面をした背の低い男たちが、戦斧や弓などを手に武器を手に物々しい雰囲気で立っている。皆背丈こそリコウの弟、リカンよりも低いのではないかと思わせる程であったが、腕や脚は太く、筋肉が詰まっているのが分かる。

(何か皆ゴッツくてむさ苦しい……エルフの村は天国みたいだったのに……)

 トモエの偽らざる感情である。彼女は男臭の強すぎる男は苦手であり、特に髭などの体毛を忌み嫌っている。エルフの容姿が彼女にとって好みであっただけに、彼女は凄まじい落差を感じたのであった。

「話は聞いている。エルフも人間も気に入らんが、今は四の五の言ってはいられんからナ。そこの二人のエルフを守ればいいんダロウ?」

 ラーテと名乗ったドワーフは、エイセイとシフの方を指差した。エイセイは咄嗟にシフの後ろに身を隠しながら、警戒心のこもった眼差しでラーテを睨んでいる。

「へん、何ダァその目は。やっぱりエルフの連中は気に入らんナ」

 ラーテは眉根に皺を寄せながらエイセイを睨み返した。

「……蛮族め……」

 エイセイはぼそりと言い放った。

「んだトォ! 貴様! 幾ら共闘するとは言っても、無礼は許さネェ!」

「あー仲間割れはやめやめ!」

 掴みかかろうとするラーテの前に、トモエは腕を大きく広げて立ちはだかった。

 エルフとドワーフは仲が悪く、互いを蔑み合う傾向にある。エルフ側は魔術が扱えず、性格も荒っぽい者が多いドワーフのことを粗野な野蛮人たちと見下しており、ドワーフもまた、線の細い者が多く身体能力強化の魔術でそれを補っているエルフをひ弱なもやしっ子どもなどと呼んで蔑視している。

「エイセイ! 貴方もどうしてそんなこと言うの!」

「……ごめんなさい……」

 シフに一喝されたエイセイが、弱々しく言った。その謝罪の言葉はラーテに対してではなく、シフに対するものであろう。

「フン、まぁいい。明日の朝出発ダ。それまでせいぜい体を休めておくんダナ。マウス、そちらの者たちを小屋に案内しろ」

「へい、分かりやした。アンタたち、こっちこっち」

 マウスと呼ばれたドワーフが、トモエたち一行に向かって手招きした。一行は黙ってこれについていった。

「取り敢えず仮の住まいとしてこちらを使っておくれよ。狭っ苦しいだろうが、どうせ明朝には出発なんだから我慢我慢」

「うわっ……本当に狭いぞこれ……」

 苦い声を出したのはリコウであった。案内されたのは、どう見ても物置小屋っぽい所であった。色んな道具類があちこちに散らばっており、しかも床はどうも埃っぽい。申し訳程度に隅っこに布団が重ねて置いてある。

「まぁ、仕方ないよなぁ……」

「贅沢は言ってられないよね……」

 トモエはエルフの村で受けた歓待を思い出した。エルフたちは「自らのために人間二人を巻き込み命の危険に晒さねばならなくなった」という負い目があるのだろう。だからこそあの歓待ぶりであったのだ。それとは打って変わってドワーフにとってはあくまでトモエたち一行は一時的に共闘するだけの間柄であり、それ以上でも以下でもないのである。

 何かの肉をひと塊ずつと得体の知れない菜っ葉が、殆ど投げ込まれるように与えられた。それを頬張ると、四人のその晩の食事は終わった。味気ない肉と変な苦みのある菜っ葉を殆ど義務感で胃袋に詰めたのみであるが、何もないよりはマシであった。無言で食べる三人の横で、エイセイが一人でぶつぶつ文句を言っていた。

 明日に備えて、四人は早めに眠った。隙間風がひゅうひゅうと吹き寄せてきたが、疲れからか四人はそれを気にすることもなく眠りに落ちたのであった。

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