第6話 決着とその後

 しかし、リコウの体を、冷たい刃が裂くことはなかった。代わりに、木が砕け散るような轟音が耳に突き刺さる。


「トモエさん!」


 トモエの飛び蹴りが、戈兵の胴体を粉砕したのだ。


「真打登場! ってね」


 地面に着地したトモエは、リコウに向けて余裕げにウインクして見せた。トモエは先の戦いで戦車を全滅させた後、敵の戦車を一台奪い、手綱を引いて村まで戻ってきていたのだ。


「女とガキが雁首揃えやがって!」


 例のスキンヘッドが怒声を放ちながら、矢を放ってきた。強弓であるだけでなく、その狙いは正確そのものであった。トモエの腹を貫く軌道で、矢が飛んでくる。だが、スキンヘッドは知らなかった。彼女は弩の矢を掴んで投げ返せる女であることを。加えて弓で放つ矢は弩で使用する矢と比べると長く、掴みやすいのだ。


「何っ!?」


 投げ返された矢を、スキンヘッドは危うく左手の盾で弾いた。かねの音と共に矢が宙へ放り出され、そのまま地面にぽとりと落ちた。


「くっそぉ……こうなったらこれで叩き潰してやる!」


 スキンヘッドは、弓に代えて今度は車台に立てかけてあった戦棍メイスを持ち出した。怪力を誇っているであろうこの男には、あまりにも似合いすぎる武器である。


「そのまま死にさらせぇ!」


 スキンヘッドの乗り込む戦車が、そのままトモエとリコウの方に突っ込んでくる。何の策も飾り立てもない、一直線な攻撃である。

 当然、トモエにこのような攻撃が、通用するはずもない。トモエはすれ違いざまに素早く車台に掴まった。そして、その掴んだ手を軸にしてスキンヘッドに回転蹴りを食らわせたのだ。鈍い音が響き、スキンヘッドが車台から放り出される。


「今だ!」


 その隙を、リコウは見逃さなかった。矢筒から取り出した矢を番え、引き絞る。立ち上がろうとしているその敵に向かって、この少年弓兵は矢を射かけた。やじりが肉を裂く音と共に、スキンヘッドの頭部に深々と矢が突き刺さった。この男は魔族ではあるが、低級であるが故に回復魔術の類を使うことはできない。故に人間と同じように、急所を矢で貫かれればそれがそのまま致命傷となってしまう。


「まだ敵が残っている!」


 村に突入した戦車は、まだ仕留め切ったわけではない。指揮官車は車右、車左を失ってはいるが、まだ御者が健在であり、馬を滅茶苦茶に走らせて村を荒らしている。そしてもう一台は御者と車右が健在である。


「密集して武器を前に突き出せ!」


 リコウは、まるで咆哮のような声を発した。今までうろたえていた村の若い男と女たちは、その一声で自分たちのすべきことを思い出した。すかさず身を寄せ合い、盾を構えて槍を斜め前方に突き出す。前々から訓練していた、所謂槍衾やりぶすまの形を作ったのだ。馬を魔導鎧で覆った重戦車にどれ程有効かは分からないが、散らばったまま右往左往しているよりは良いはずだ。

 御者のみが乗り込む戦車が、そこに突進してくる。だが、手綱を握る傀儡兵はこれを回避すべしと判断したのか、馬首を傾けて槍衾を避けた。


「かかったわね!」


 戦車が迂回したその先に、トモエは待ち構えていた。その拳が、馬の頭部に叩き込まれる。金属のひしゃげる音が鳴り響き、馬が車台ごと横倒しになる。御者はそのまま倒れた先にあった木に頭部がぶつかり、首がぼっきりと折れてしまった。傀儡兵は、視覚や聴覚などの感覚器官の満載された頭部を失うと、戦闘能力を喪失してしまうのだ。

 残る一台の戦車も、その後方から走ってきた。この戦車は御者の他に車右、つまり戈兵も生き残っている。馬の突進以外に戈による斬撃も可能というわけだ。

 しかし、戈の刃が振るわれることはなかった。トモエの飛び蹴りが戈兵に炸裂する。胸を砕かれた戈兵は車台から放り出され、そのまま動かなくなった。残る御者は馬首を返し、トモエに向かって馬を走らせる。まるで仇討ちでもするかのような行動であるが、傀儡兵に感情というものは備わっていない。ただ目の前の敵を排除するために取り得る行動を取っているのみだ。


「これで終わりっ!」


 トモエは跳躍し、鎧で覆われた馬の頭を踏んづけた。馬を踏み台にしたトモエは、その勢いで御者に蹴りを食らわせ、その胸から上を砕いてしまった。御者を失った馬は、暫くして疾駆を止めたのであった。


 かくして、ロブ村に侵攻したエン国重戦車部隊は、トモエの活躍によって全滅させられたのであった。しかし、村が受けた被害は相当なものである。村は家屋、耕作地共に滅茶滅茶に荒らされ、その再建において何かと必要になる男手がどれ程残っているかは察して然るべきである。古今東西、戦いにおいて真っ先に犠牲になるのは大人の男たちであり、それはこの世界においても変わることがない。勿論、それ以外の人間、例えば女子供や老人に至る者たちもまた無事では済まない。そのこともまた同様である。

 しかし、失ったものばかりではない。敵が残していった武器や車、馬などは貴重な財産である。魔族の製鉄技術は優れており、彼らの使う武器の品質は人間が作り出すものとは比べ物にならない。人間にとってそれは真に悔しい事実であるが、使える物なら何でも使わなければ生き残ることはできないのだ。




「……ふぅ……」


 切り出した材木の運搬がひと段落して、トモエは家の残骸に腰掛け休憩を取っていた。


「トモエさん、お疲れ様。お水持ってきたよ」

「ああ、ありがとう」


 村の少女が、トモエに水筒を差し出してきた。水筒と言っても、ヒョウタンのような植物の果実を採集してその果肉を取り除き、乾燥させて作られたものである。トモエはそれを受け取り、喉を鳴らして水を飲んだ。

 戦いの後、トモエは村の再建を手伝っていた。本当であれば敵が再び仕掛けてくる前に拠点潰しに出かけたかったが、村の世話になっている手前、雑務を手伝わないのも無責任だという気がして、こうして荒れ果てた村を建て直すための手伝いをしているのだ。男手が足りない中、若い女でありながらそこらの男よりもタフで力強いトモエは、村の者皆の頼る所となっていた。それはトモエにとっては心地よい扱われ方であった。


「トモエさん、お疲れ様です」


 リコウが弟を連れてトモエの所に挨拶に現れた。彼らも丁度自分の持ち場の仕事が一区切りついたのだろう。


「ああ、そっちもお疲れ」


 トモエは平静を保ったが、リコウの弟――前に教えてもらったが、リカンという名前らしい――を前にすると、流石にその表情はだらしなく崩れそうになる。リコウをそのまま少し幼くしたようなその顔立ちは、何とも可愛らしく愛おしい。


(はぁ……やっぱりこの年頃の男の子って、本当に可愛らしい……特にこの子は)

「あの、トモエさん」

「ん?」


 リコウが、トモエに声をかけた。


「その……敵の砦に殴り込みかけに行くってのは……」

「ああ、あたしの仕事がひと段落したら行くつもりだよ」

「トモエさん、やっぱり俺も一緒に行きたい!」


 興奮のあまり、リコウの声が上ずった。けれどもその眼差しは真剣そのものである。トモエは、すぐには返事ができなかった。


「リコウ、俺は反対しないぞ」


 村長が、リコウの後ろから現れた。


「村と家族のことは、大人たちに任せてくれればいい。お前が行きたいんだったら止はしないさ」

「あ、ありがとうございます」


 リコウは村長に向かって、うやうやしく頭を下げた。この時、トモエは村長の意図を察した。彼は決して、リコウの意志を尊重する、という綺麗事のみで発言したわけではない。得体の知れない流れ者に手柄を全て取られるよりは、自分の村から人を出しておいた方が、後々のことを考えると都合がいいのではないか、という打算が見て取れる。村長は決して腹の黒い人物ではないものの、やはり政治的な事情と無縁ではないのだ。

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