第13話 私と世界

天沢さんからもらった肉じゃがを食べ終えてから、

しばらくして、ホワホワした気持ちが平常に戻っていく。


「やっぱり、シグマを探しに行こう。。」


天沢さんの魔法が解けたかのように、

立ち上がり、財布と携帯だけ持って、

シグマを探しにトコトコ出かける。

もちろん。玄関を出る際は、天沢さんを起こさないように、こっそりと出ていく。


しかし、外に出たは良いものの、どこを探せばいいかわからない。

だが、突っ立っていても仕方がないので、

シグマと行ったことがある場所に、足を向けることにする。


一緒に買い物をしていた商店街。

みんなシグマが可愛いからって、たくさんおまけしてくれたんだよな。


シグマの強い要望で行った映画館。

強制的に手を繋がされたな。


のんびり散歩した公園。

ホームレスも交えて缶けりしたな。


星空が綺麗に見える丘。

よく見に行ったっけな。ホームレスも交えて。


思い出のある場所を歩いたが、シグマは見つからなかった。

今さら気がついたが、シグマとホームレスととは、まるで恋人のような過ごし方をしていたな。


シグマとの思い出がでるたびに、不安か、焦りか。

歩調が速まっていった。

朝方には、汗だくになり町内を走り回っていた。


「シグマ。。」

しかし、どこにもシグマはいなかった。


朝焼けが照らす、公園のブランコに座り、

さらにシグマとの思い出に浸り始める。


10分、20分と時間が経っていく。

一ヶ月でよくこんなにも思い出ができたもんだ。

いや、人間の心をインストールする前を考えたら、

あいつ以上に思い出のあるものなんてないな。


「はははっ…」

一筋の涙が頬を伝った。

人生で一番熱中して創りあげた空気嫁への涙か。

人生で一番心揺さぶられた女の子への涙か。

涙を流した俺にすらわからない。


ぎぎぃ。。


「えっ。」


ぎぎぃ。。


気づけば誰かが隣のブランコで揺れている。

まさか…

「ホームレ!?…シグマ!!」

あっぶね。

完全にホームレスかと思った。

いや、シグマの方で良かったんだけどさ。


「シグマ!どこ行ってたんだ!!すげー心配したんだぞ!!」

「ご、ごめん。スズキーノ。。」

「はぁ~。よかった~!いきなり、いなくなんなよな~!」

「う、うん。そのことでスズキーノに話があるんだ。。」

「ん?」

そのこと?どのこと?

自分のいったセリフを思い出し、少し。

嫌。強烈な胸騒ぎがする。

「私決めた。スズキーノの家から出て行く!」

「…え?」


強烈な胸騒ぎの正体に言葉を失いそうになる。

昨夜は、シグマを家から追い出そうなんて考えていたが、今は絶対にシグマを手放したくない。

今手放せばシグマは戻ってこない気がした。


「いや、なんで出てくんだよ…」


震える唇を、少し噛みつけて話す。


「私、襖の中でドラ○もんごっこし終えてから、

 ずっとビルの屋上にいたんだ。そこからスズキーノの様子ずっと見てた。」


「シグマ…突然そんな遊びすんなよ…」

ツッコミではない。切実な願いだ。


「天沢さんや美幸さんと話してるスズキーノを見てると、

 苦しかった。悔しかった。 

私が空気嫁じゃなければって。何回も思った。

 普通の人間になりたいって、何回も願った。」


シグマは、心に溜まっていた水を、ゆっくりと流すように話す。


「いい。やめろ。。」


シグマの心の水を、俺は飲み込むことができない。


「だけど、何をどうしようと、私は空気嫁。もう、なにもかも諦めて。

 スズキーノの知らないところで、ゴミ処理されようと思ってた。」


「おまえ…」

呼吸が苦しい。。


「でも、こんな朝方まで私を探すスズキーノを見てたら、

 そんなことできなくなっちゃった。」


「シグマ。。もう。。わがっだがら。。」


「だから、死ぬほど頑張ることにした。

 誰よりも凄い存在になるって決めた。

 空気嫁なんて、どうでもよくなるほど。」


「もう。いいから。。一緒に…」


「スズキーノが私を選んでくれるなら!!私は世界をあなたにあげる!!!」


「へ…?」


バタン!!


シグマの心に溜まっていた水は、俺の意識を飲み込んだ。



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