第2話 カウントダウン

 

写真に映る老人の不気味さに、一度は画像ファイルを削除しようとした。 


でもそれは同時にこの絵を二度と見れなくなる事を意味していた。


結局僕はその写真を消せはしなかった。


スマホの電源を落とし、いつの間にかかいた嫌な汗を流す為にシャワーを浴びようと立ち上がった。


今日は平日だったから父も母も、そして高校2年になる妹のみのりも昼間は居なかった。 


だから気が楽だった。


親は親で「就職しろ」とうるさかったし妹はまた違った意味で面倒だった。


妹のみのりは五つ年下で、今思えば小さな頃から「ブラコンか?」と疑いたくなる程僕に甘える妹だった。


「おにいちゃぁん、、おにいちゃんってばぁ」


そう言いながらまだ幼かった妹は、小学生の僕がカブトムシを獲りに行くのにも近くの川に魚を捕まえに行くのにも付いてきた。


それでも流石に僕が中学生になる頃には、一緒にお風呂に入ろうとするのだけは止めさせた。 


何度言い聞かせても隙を見ては浴室に入って来るみのりだったから、その度僕は股間を両手で隠して怒る振りをした。


その頃思春期だった僕は毛も生え始めていたし、何より幼児体型とは言え妹の裸に反応してしまう自分が変態の様に思え恥じていた。


大学は名古屋だったから当然親元を離れる事となった。 


大学に向かう日の前の夜、ベッドで寝ていると夜中にみのりが部屋に入って来た。


「おにいちゃん、寂しいから一緒に寝よ・・・」


小さく開けたドア口には、寂しげにそう言いながら自分の枕を胸に抱いたみのりが居た。


明日からこの家を離れるのだからみのりも寂しがってくれてるのだと思い、「仕方ないな・・・おいで」と僕は手招きした。


みのりは中学2年でテニス部に入っていた。


兄の僕が言うのも何だがみのりは目鼻立ちが整って、彼女を知る友人達が皆口を揃えて言う程の美少女に育って居た。 


それだけに彼女の後でお風呂に入る時などは、意識して脱衣入れから見えるみのりのパンティやブラから目をそらしていた。


それは何故なら妹に女を意識してしまったら、近親相姦の様な罪悪感を感じそうだったから。


「おにいちゃん、夏休みは帰って来る?冬休みは?」

 

枕に回した僕の腕の中でみのりは寂しそうにそう聴いてきた。


「帰るよ。みのりの顔見れなきゃ寂しいからね」


寂しがる彼女が可愛くて、僕は微笑みながらそう言った。


「本当?」


「当たり前だろ」


これは素直に本心から出た言葉だった。


血の繋がりのある実の妹なのだから「決して愛とか恋じゃないんだ」と、半ば言い聞かせる様にそう口にしていた。


やがて僕は眠気に負けて目を閉じた。


何か柔らかく温かいモノが唇を塞いでいた。


目覚めたらみのりが上に乗っかって、僕の両手首を押さえつけながらキスをしていた。 


彼女の頬を伝わって、重ねた唇に涙の味がした。


窓から射す月明かりに照らされた裸を目にした時、僕は狼狽うろたえるより先に素直に「綺麗だ」と感じて居た。


今思えばあらがえば抗えただろう、何せ相手は中学2年の女の子なのだから。


僕はされるがままにキスをした。


いつからか僕は心の中のどこかで、いずれ僕達は間違いを犯すだろう予感していた気がする。


翌日僕達は何事も無かったかの様に「おはよう」と声かけあって、そして僕は大学へと旅立った。


それは淫靡な共犯の記憶だった。 




僕はシャワーを浴びた。


設定温度を下げて冷たい水で頭を冷やそうとした。


「きゃっ! 冷たいよ、おにいちゃん」

 

いつの間に入ってきてたのかみのりは僕の背中に裸で抱き付いて来た。 


そこには女子高生になるもう大人の身体になった妹がいた。


「みのり、、お前ももう高3なんだから、一緒に入っちゃ駄目でしょ!」


温度を上げて温かいお湯をみのりにかけながら僕はそう言っていた。


「兄妹なんだから、良いの」


小悪魔の様に妹は笑った。


「あのなあ・・・」


僕は半分あきらめて、頭をポリポリと掻きながらそう呟くだけだった。


「あっち向いてて」


みのりはそう言うと掌にとったシャワーソープで僕を洗い始めた。


僕は妹のするがままに洗われた。


背を、足を、腹を、そしてすべてを。 


兄妹きょうだいなんだから・・・だから全然やましい事無いんだからね!」


まるでそう自分に言い聞かせるかの様に、みのりは赤らめた顔でそう言った。




「おにいちゃん、先にシャワー出るね」


みのりはそう言うと微笑みながら風呂場を出ていった。


僕はグッタリとした疲労感に包まれながら部屋へと戻った。


ベッドに座って再びスマホを見た。 


勘違いかとも思ったがスマホの中の老人はやはり鉤爪で、耳は尖ったままだし瞳は黄色いままだった。


だが確かに出会った時は上品そうなただの老人だったのだ。


僕はスワイプし何か見付けられないかと絵の細部を調べていった。





「おにいちゃん、お母さんもお父さんも遅くなるから二人でご飯食べなさいって。どこ行く?どこ行く?」


みのりは騒がしく部屋に入って来るなりうつ伏せにベッドで寝ていた僕の上に乗ってきた。


「そうだな、駅の方に歩きながら決めようか?」


僕はスマホを閉じながらそう答えていた。


辛気臭い気分でいた僕をあっという間に忘れさせてくれた妹に内心感謝していた。


家から駅前迄は歩いて10分位の距離で、途中で渡る国道沿いにはファミレスから始まりマックやカレー屋などの飲食店が並んでいた。


みのりは麻色のニットベストとデニムのガウチョパンツに厚底のデザインサンダルを履いて、まるで夏でも来たかの様な服装だった。


少し長めのナチュラルボブの前髪を、彼女は鬱陶しそうに指先で弄りながら僕の左腕を抱いていた。 


他人から見たらまるで恋人同士に見えてしまうだろう。


「みのり・・・近所の目もあるからさ、並んで歩く位にしとかない?」


そう諭しても何処吹く風の様子で笑顔を向けて腕を離さない。


「だってさ、おにいちゃんは大学に行ってて4年も離れてたんだよ。だからわたしは4年分甘えても良いの! 」


そう言われても夏休みや正月には帰省をしていたし、帰省する度に遊びに連れて行ってやった訳だから全く会えなかったと言う訳では無かった。


それでも強引に手を払えなかったのは、抱きついて来る妹の腕の温もりを感じて居たいからだった。


ゴールデンウィークを過ぎて日も長くなり、今も6時前だと言うのに明るくなっていた。


週末の夜はどこも混み始める時間帯だったから、今が何時か知りたくて確認しようとスマホをジーンズのポケットから取り出した。


電源を入れて画面を見ると、いつもの見馴れたディスプレイでは無く何故か12時間のカウントダウンタイマーになっていた。


「あれ?いつの間にか触ってたかな・・・」


何気にタイマーの開始を触っていた。


『11:59:59』の文字が表示された瞬間に、周りの光景が一変していた。


僕はその瞬間に異世界へと飛ばされていた。


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