探し者編

第59話 探しモノ

 俺は、神崎翔という人生に幕を閉じようとしていた。

 この建物の屋上から飛び降りれば、俺という人生に終止符が打たれる。だから俺は一歩一歩前に歩いた。

 あと数歩。

 でも勇気がでない。


「お前。飛び降りてどうなるの?」


 俺が飛び降りるのを止めたのは、一人の女性。

 金髪をした、謎の女性。


「神崎翔。お前は飛び降りてどうなる?」


 俺の口から答えなど出なかった。

 だってこれはただ衝動的な行動。この行動に意味があるはずがない。


「神崎翔。今からお前には試練を下す」


「試練?」


「ああ。お前にはあるものを見つけてもらう。それを見つければお前は幸せになれるだろうな」


「幸せに!」


 俺の顔には笑みがこぼれる。


「ただし、それはすぐに遠くに行ってしまう儚いものだ。制限時間は明日の夜まで」


「なあ。そのものとは何だ?」


 だが、彼女は俺の問いに答える前に消えてしまった。

 一体、彼女は何者なのだろう。


 そんなモヤモヤを抱えながら、俺はこの建物を出て、大通りを歩く。

 そこで町内全体に放送が流れる。


「これより、この町で宝探しを始めます。見つけた者は、我々町内会と戦う権利が与えられます。戦いの内容は教えられませんが、勝てばすごいものが手にはいることだけはお約束します」


 そして放送は終わった。


「何だったんだ?」


 俺はその大通りを平然と歩く。

 周りを見てみると、皆が一斉に走り出した。

 どうやらさっきの放送を真に受けてしまったらしい。


 嘘に決まってるのに。


 嘘だと思い込む俺の脳内には、さっきの謎の女性の言葉がリフレインされる。


 ーーそれを見つければ、お前は幸せになるだろうな。


「幸せって……そんなもの……」


 俺はどうしていいか分からなかった。

 まだ俺は小学生だ。幸せなんか考える年齢じゃない。

 俺は一体どうしたらいいんだよ。


 明らかに小学生には重すぎる。


 ーーそれを見つければお前は幸せになれるだろうな。


 どうして何度も俺の脳内でその言葉が繰り返される?

 俺は幸せを望んでいるのか?

 俺は孤独でよかった。孤独であれば苦しいことや辛いことは何もないから。

 でも、幸せを望んでいいのなら、わがままを言っていいのなら、俺は月島さんと、月島杠と……


 俺の人生が狂ったのはいつからだろうか?

 そんなことをいちいち覚えているはずがないだろう。


「月島杠?月島彩じゃないのか?」


 俺の脳内では混乱していた。

 月島杠と月島彩。

 二人とも誰なのだろうか?


 ーーそれを見つければお前は幸せになれるだろうな。


 幸せ?

 俺は今まで不幸だったから。

 幸せ?

 俺は今まで自分を否定し続けたから。

 幸せ?

 俺はそれを求め続けていたから。


 俺が本当に探していたのは、俺が本当にほしかったものはーー

 俺は心の中に存在している虚無感を埋めたかった。

 心の中に存在する謎の感覚。俺はその感覚が嫌で嫌でたまらなかった。


 二度と失いたくない。

 もう悲しみたくない。


「月島杠。俺は……何年も前からお前を探し続けていたんだ」


 ーーこれは、二人の物語。

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