第四章 誰かの王国
1 獅子を探して(1)
野鳥が歌う。
林のなかを、枝から枝へ飛び交いながら、山の春を
ひかる石畳の林道。
――
「つまり」
左隣にいる
「たぶん獅子は、あのふたりのどちらかってことなんだよな」
「……ふたり?」
「そう」。首を傾ける塔子を見て、こっくりとうなずく。
「
「そうとは言えない」
冷静に声をあげたのは、塔子の右隣にいる
「まだわからないだろう。アリバイの裏を取らないと」
「そうだけど……。でも、
良司が唇を尖らす。
「――もう五時半か」
良司の反論もそのままに、柊一は左手首を見やった。黒いレザー革の腕時計。文字盤も黒一色だが、その
クラスメイトの男子の多くは、時計を身に着けないか、カジュアルな時計を選んでいるので、塔子は柊一がずいぶんと大人びてみえる。佇まいや仕草も端正なので、よけいにそう思うのだろう。
柊一は右手に持ったバインダー――そこには大量の書類が挟まれている――をちらと見やり、そしてまた前を向いた。
三人は学園西の林道を、連れ立って歩いている。いまは塔子ら以外に、往来する人はいなかった。野鳥のさえずりが響きわたり、ずいぶんとのどかだ。
四月はもう終盤。
先日の、緑の館での茶会があったのが金曜日。週末を挟んで二日が経ち、月曜日になっていた。
「それでも……」。塔子は軽くうつむき、つま先を見つめる。
「あと四人、なんだね」
――獅子の候補者が。
良司と柊一がうなずく。
「とーこさんの実力だよ」
からりと良司がわらう。
「全校生徒四百人のなかから、七人まで容疑者を絞り込んで、さらにそこから四人まで絞ったんだから。すごいとしか言いようがない」
塔子はあいまいに首をふった。
「それは、
――次代獅子は、現獅子を探さねばならない。探しだして、王の位と”獅子の系譜”と呼ばれる
図らずも、
けれど全校生徒のなかから獅子を探すのは骨が折れる。
だから
とくに、執行部所属で同年の、
だから塔子にとって彼らは、心強い味方なのだった。
「おれ、なにもしてないよ」
良司が苦笑する。
「でもあの茶会は、すごかったね」
先日の夜の、野外茶会。
これはつまるところ、 “獅子探し”のための会だった。
全校生徒のなかから、獅子候補を絞りこむ。そのための機会――。
銀杏の木の下。ランタンの光。紅茶とクッキーの甘い香りのなかで、塔子は訊かれた。これまでに“獅子探し”で推理できたこと、その進捗を教えてほしいと。
『つまり――ここ二年間のあいだに、執行部に在籍している、あるいはしていた人。もしくは緑の館に毎日でも行き来できるほど、深く関わる立場にある人。そのうちのだれかが獅子なのではないでしょうか――』
塔子の推理はみごと的中。榊葉の期待以上の成果をあげた。
そして榊葉はその推理を踏まえ、驚くべき一言を放ったのだ。
『きみが推理した“疑わしき”人。ここ二年間で、
それが、ここにいる七人というわけなのです』
七人。
執行部会長・三年、
副会長・三年、
準役員・三年、
同じく準役員・三年、
役員書記・二年、
役員会計・二年、
クラブ連合会総長・三年、
この七人が、獅子候補だというのだ。
そして突然に、
――他己紹介とは、ある他人のことを大勢の人に対して紹介するゲームである。今回は、円座するメンバーを反時計回りに巡り、右にいる隣人について、各人が紹介することになった。
獅子を探るには、まずそのひとを知らなくてはいけない。自己紹介でなく、あえて他人に紹介してもらうことで、その人柄を浮き彫りにしよう。――というねらいだった。
それに加え、榊葉は塔子に“三つの質問”を考えてほしいと告げた。
ひとりひとりの他己紹介が終わるたび、あらかじめ用意したその“三つの質問”を、各人に尋ねてほしいと言ったのだ。
『これは獅子探しのチャンスだから。獅子のしっぽを捕まえられるような質問がいいかもね』
つまりこのゲームに乗じて、容疑者をあぶりだせと、榊葉は暗に示したのだ。
そこで柊一の知恵を借りて、塔子が考えたのは、この三つの質問だった。
――入寮式の日、女子のトンネル通過儀式の間、どこにいましたか。
――そこで何をしていましたか。
――あなたがそうしていたことを証明できるひとはいますか。
入寮式の夜。塔子はトンネルで獅子と遭遇した。ならば、この時刻のアリバイを七人に問えば、獅子候補は絞れるのではないかと思ったのだ。
そしてそれは、功を奏した。
「荒巻副会長、佐伯先輩、それから――榊葉会長。その場で、一気に三人を獅子候補から外すことができた」
良司があごに手をあてる。
そもそもこの三人はその時間、執行部役員として入寮式の運営をおこなっていた。
荒巻志津香と佐伯千歳は、一年女子をトンネルに送りだす係をしており、塔子自身も彼女らにうながされてトンネルに入った。
榊葉直哉はその出口で待ちかまえており、出てくる一年生に『緑の王国』の誓約を結ばせていた。塔子が出てくるときにも彼はいて、他の生徒と同じように誓約をさせ、塔子を迎え入れたのだ。
つまりこの三人は、トンネルに潜み塔子を待ちかまえることが、物理的に不可能だった。
――彼らは獅子ではない。
すると残る獅子の候補者は、今井彼方、仁科壮平、瀬戸史信、高橋一樹、ということになる。
塔子がつぶやいた「あと四人」とは、このメンバーのことだった。
「ほんとうに、あと四人だ――」
薄茶の瞳が塔子にわらいかける。
「今日で仁科先輩と高橋先輩のアリバイ確認をしてしまおう。ゴールはもうすぐだ」
清々しい良司に、塔子はあいまいにうなずき、わずかに顔を曇らせた。――つま先に目をもどす。
柊一がちらりとこちらを見やったことには、気づかなかった。
――仁科壮平と高橋一樹のアリバイが確定していることは、疑いがないように思われる。
入寮式の夜。塔子がトンネルをくぐっていた、その時間。彼らはまったく別の場所にいたのだ。
仁科は、トンネルの出口にいたという。
そこで誓約を終えた一年生を出迎えていた。花道をつくり、彼らの健闘をねぎらっていたのだ。
その場にいたことを証明する証人は、彼の所属する柔道部の部員たち。一緒に花道にいて、部活勧誘もおこなっていたらしい。
――だから仁科のアリバイは、柔道部部員にたずねれば、真偽がはっきりとわかる。
一樹も同じくアリバイが明白だ。
彼は同じころ、校内の池――
だから菜保に確認をとれば、その真偽もすぐにわかる。
「あわせて、瀬戸先輩や今井先輩の目撃情報も調べる必要があるな……」
「ああ、そうだった」
ぽつりと言った柊一に、良司がおおきくうなずく。
「どうせ今日はいろんな人に出会うんだし、ちょうどいいな。訊いて回ろう」
とたん、柊一と塔子はそろって沈黙した。気まずい空気。
良司はこちらを向き、左手でぼりぼりと頭を掻いた。
「えーと、うん。まあ……わかった、おれがやります。だいたいは任せてくれればいいけど、すこしは努力してくれる?」
塔子はこくこくとうなずいた。柊一と言えば、むっつりと押し黙ったままだ。
「ま、適材適所か……」
良司は大きく肩をすくめた。
見知らぬ他人とやりとりをすることは、ふたりにはまだずいぶんハードルが高いのであった。
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