第29話 閉鎖区の管轄
「公安局って一体なんなんだよ……!?」
「我が国の統治機構のひとつだ。我が国をかのウィルスから守るための、な」
激昂する楓に対して、老人は我が国という言葉を二度使い自虐的に嗤った。
老人の不気味な雰囲気に気圧されながらそれでも楓は頷いた。
問う。
「それはわかるけど、衛生局とは違うのかよ?」
「公安局と保安局は立ち位置が異なるのだ。衛生局はZodiac化した発症者に対処する組織なのに対して、公安局は発症者の周辺にいるであろう陽性反応を示す人間に対処する組織なのだ」
「え? それってどういう?」
楓が理解するには表現が難しすぎた。
老人は口の端を微かに歪め言い直した。
「小僧に分かりやすく言うなら、衛生局の相手は
「相手は……
老人は目線だけで頷くと、
「公安局はな、独自にZodiacの研究を行っておるらしい。だから奴らは陽性反応を示した人間の積極的な保護を活動目的のひとつとしている」
「なんだよそれ。じゃあ母さんはっ!」
「落ち着け。静かにせんか。紅葉に聞こえるぞ」
楓ははっ、として紅葉の姿を探した。紅葉は饅頭をダイニングで一心不乱に頬張っている真っ最中。後でお茶か水をもらって飲ませよう。あの調子では喉に詰まらせかねない。
「なら母さんは……もう」
「殺されてはおらんだろう。陽性反応でも出ていれば研究対象として丁重に扱われておることだろう」
「くそ。なんだよ。意味わかんねえよ。なんのためにそんなことするんだよ」
「言った通り、Zodiacの研究を進めるため。ついでに感染拡大の予防でもあるのだろうよ。奴らはZodiac根絶を大義名分にして、陽性反応の出た人間に過剰反応する。ワシらの仲間も随分やられたよ」
「……衛生局は何やってんだよ」
楓はやり場のない怒りを衛生局にぶつけるしかなかった。彼がこれまでの人生で目にしてきたニュースで流れていた衛生局の活躍は、いったいなんだったのか。タブレットで視聴していたアニメやドラマでも衛生局はいつも人助けをしていた。Zodiacからみんなを守っていた。ちょっとした、少年らしい憧れを抱いてもいた。そして何より、公安局のことなど見たことも聞いたこともなかった。
「言ったろう。管轄が異なるのだ。閉鎖区についてもな、衛生局はZodiacを処理した後に閉鎖範囲を指定する。実際に対象地区を封鎖するのは――公安局だ。世間には殆ど知られておらんがな」
「なんだよ。じゃあ俺たちは公安局に見張られてるってことかよ」
「常時監視ということはない。ただ面倒なことに、閉鎖区内の除染は公安局の担当となるのだ。公安局が除染処理後、衛生局が確認し問題なければ閉鎖が解除されるという仕組みなのだ」
「除染って?」
「感染が拡大しないよう閉鎖区を綺麗に掃除する。それが公安局の仕事というわけだ」
「掃除?」
「感染源をな」
感染源という言葉に楓はびくりとした。
「それってまさか」
「勿論不法滞在者の排除も含まれる」
「許されるのかよそんなこと!」
「閉鎖区内は公安局の管轄だ。奴らが何をしようと誰も関知しない。何も起きていないのと同じだ」
「嘘だろ……」
楓は絶句した。
これまで知ることのなかった、社会の暗部。
否定したくともそれは厳然たる事実として目の前に横たわっているのだ。
得体の知れない嫌悪感が楓の体をぶるぶると震わせた。
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