The girl is ambivalent. / 両価的な彼女
第14話 少女の嘘と現実
棗はオフラインにしたヘッドマウントディスプレイを外した。
「あ
棗は体の節々の痛みを自覚して、身体を起こす。
簡素なパイプベッドに薄いマットレス。
立ち上がり軽くストレッチをするとバキバキと音がした。
長時間ログインしているとあちこちが痛むのも仕方のないことだった。
「寒っ」
Tシャツだけで寝たのは失敗だったようだ。
手足の先は氷のように冷たくなっている。
部屋は10平米ほどのワンルーム。ユニットバスのせいで実質8平米ほどの広さしかない。壁はコンクリート打ちっぱなし。パイプベッドの他にあるのは簡素な机とデスクチェア。作り付けのクローゼット。小ぢんまりしたキッチンスペース。乱雑に積まれた本と幾つかの段ボール箱。黒いプラスチック製のごみ箱。それで全てだった。
白い天井照明に照らされた寒々しい部屋が、棗の体を余計に凍らせる。
ぶるりと身震いをして棗は段ボールへ歩み寄り、中からカロリーバーとペットボトルを取り出した。カロリーバーを剥いて齧ると、チョコレートにコーティングされたキャラメルナッツの強烈な甘さが舌をびりびりと刺激する。ばりばりと貪りペットボトルの水で喉の奥へと流しこむ。けふ、と息を吐きカロリーバーの包みと空のボトルをゴミ箱に捨てた。
「あーあ」
棗は溜息をつきながらユニットバスの前の壁に貼り付けられた姿見の前に立った。
縁から数センチほど腐食している姿見は、それでも棗の全身を映してくれる。
「やだなあ」
鏡に映る自分の姿に、つい溜息が漏れる。
先ほどまで仮想空間でデートしていた棗の姿とは大きくかけ離れていた。
170センチのスレンダーな長身に、細長い手足。
癖毛を短くカットしたボーイッシュな髪型。
細く痩せた輪郭の中で眉が意志の強さを主張している。
黒目がちな垂れ目だけが仮想空間と同じだった。
鏡の中の現実に、夏目は自嘲の笑みを浮かべた。
「嘘つくんじゃなかったかなあ」
棗は猫のアバターの下にもうひとつ人型のアバターを着込んで彼に、来島真一に会っていた。
「でもシンイチは期待してたし、実物がこんなんじゃあがっかりさせちゃうし。って、コレは言い訳か……」
あのアバターは棗の理想の姿だった。
十年ぶりに会う幼馴染だからこそ、ありのままの姿を見せられなかった。
現実を知られたくなかったのだ。
「……お姉、早く帰ってこないかなあ。夜勤明けの残業にしては遅くない?」
唯一の家族である姉に話を聞いて欲しかった。
楽しかったデートのことも。
嘘をついてしまったことも。
全て吐き出してしまいたかった。
それが叶いそうにない今、棗は物理的に洗い流すことを選択した。
すなわち、
「シャワー浴びよ」
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