第271話

北上家でご飯を頂き、食後のお茶を飲みながら色々とお話をしていたのだけど、そろそろ遅い時間だから……と、家に戻ることにした。

お泊りはさすがにないない。


玄関を出て車に向かう俺……と遥さん。

明日は朝からダンジョン潜るから、今日もダンジョンの個室に泊まるんだそうな。なんかもうあそこが自宅と化してるよな。


んで、そんな俺たちを見送りに、総出で玄関の外へと出てきてくれた北上さん一家。

俺はぺこりと頭を下げて、お礼と別れの挨拶を述べる。


「ごはんおいしかったです。ごちそうさまでした」


「ふふ。またいつでもいらっしゃい」


「うちの道場でよければたまに鍛えにくるといい。まあ、役に立つかはわからんがな」


「はい! ありがとうございます」


こうして俺は無事に彼女の実家へお邪魔するというでかいミッションをクリアしたのであった。

ほんとよかったわ……これが「娘は貴様なんぞにやらん!」とかなってたらまじで洒落ならん。


はー……安心したらどっと疲れが出てきた。

帰ったらクロに癒されたい……ちょっと寄り道してお土産買わないとなー。


などと考えながら家まで車を走らせるのであった。



一方、車を見送った北上一家であったが……。


「どうでした? お父さん」


居間で茶をだしながら、そうたずねる遥母。

次女は自室に、長男は敷地内の見回りにいっており、ここに居るのは父と母の二人だけである。

娘の彼氏が初めて訪ねにきて、ついさきほどまで居たのだ、会話が彼氏に対してになるのも当然だろう。


遥父は方眉をあげ、お茶を受け取ると口を開く。


「母さんはどう思った?」


質問に対して質問で返すのは……と一瞬思う遥母であったが、口にすることはない。

おそらく自分よりも彼女の前にいる夫のほうが複雑な思いを抱いているであろうことは想像に難くなかったからだ。

父親とはそういうものなのだろう。


遥母は少し肩をすくめ、夫の問いに答えを返す。


「好青年そうですし、良いと思いますよ。あの子とも上手くやっているみたいですし」


そう遥母は期限良さそうに話す。

それをみた遥父の眉が、キュッと顰められる。


「ケーキ旨かったか?」


まさか買収されてないよな? と視線で問う遥父であるが、遥母は否定はしない。ニコニコと笑みを浮かべたままである。

お土産のチョイスを含めて高評価、ということなのだ。


なんとなくそれを察した遥父は、そっと視線を横にそらす……そして何かを思い出すように、ポツリと話始めた。


「確かに好青年に見える。だが、道場で見せたあの圧……」


「なにか問題があったの?」


遥父が思い出すのは、道場で最近増長しつつある子弟と対峙した婿(仮)の様子だ。

道場には遥母はついてきていなかった。自分の居ない間になにか不味い事が起きたのだろうか? と不安そうな表情を浮かべて遥母は尋ねる。


すると遥父は、視線を遥母に戻し、にっと笑みを浮かべてみせる。


「実に良い」


ならそんな意味深ないいかたするんじゃないよ。と遥母の冷たい視線が遥父に突き刺さる。


「ならお付き合いは認めるのね?」


「む……それとこれとは……いや、だが」


彼氏に対する評価は良い。

だが実際に付き合うのを認めるとなると……父親としては踏ん切りがつかないのだろう。

そんな遥父をみる遥母の視線がさらに冷たくなった。


「男っけのないあの子にできた初めての彼氏よ? 高評価なんでしょう? 絶対逃がしちゃダメよ」


「むう……」


遥母としては付き合いを認める……というか、推し進めようとしている感もある。

そんな遥母におされるように、遥父の声も小さくなっていった。


そんな風に遥父が小さくなっていると、居間の扉がガチャリと音を立て、長男の茂がミカンを手に入ってきた。


「なに、康平くんの話?」


ミカンを机上に転がし、一つを手に取ると会話に参加する。

遥父は助かったとばかりに、長男へと話しかけた。


「うむ。茂も感じただろう? 全身の毛穴が開いたかと思ったわ」


「羆と対峙したらあんな気分になるのかな? すごかったね」


「そう……なにかよく分からないけど、よかったのね」


対峙した際に無意識に発動した圧は、島津が気付いてないだけで遥父や長男にも影響があったようだ。

ただ耐えて、表情には出さなかったため島津が気付かなっただけである。


ちなみに高レベルの遥には影響がなかった。うっかり漏れ出した……そのレベルの圧であったのだ。


「ダンジョンか……」


「興味が出てきたか?」


「そうですね」


「儂もじゃ」


そういってお互いニヤリと笑みを浮かべる、遥父と長男。

そんな二人をみて、遥母は何かを思いついたように頬に指をあてた。


「あらそう? なら今度ケーキを買ってきて貰おうかしら……」


「まあ、構わんが……」


遥母はよほどダンジョン産のケーキを気に入ったようだ。

それをみて思わず苦笑する遥父。


一方、ケーキのことを詳しく知らない長男は首を傾げていた。


「そういえば、さっきも言ってたけどケーキがどうかしたの?」


そんな長男の疑問に、嬉々としてこたえる遥母。

その勢いに若干引いてる遥父と長男であったが……娘とその彼氏(仮)がダンジョンに潜っているのだ。二人がダンジョンに潜る日もそう遠くはないのかも知れない。

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