第269話


「む……なら頼むとするかの。ただ防具はちゃんと付けるように」


俺の思いを察してか、お義父さんが許可を出してくれた。

ありがとう! 俺、がんばる。



俺の相手を名乗り出た男が防具を身につける間、竹刀で軽く素振りをしていると遥さんが声を掛けてきた。


「ねー島津くん」


「なんでしょ」


少し心配そうな顔をしている遥さんに、出来るだけ自然な笑みを浮かべこたえる俺。

俺が怪我することはたぶん無いだろうけど……心配してくれるとか、うれしいね。



「間違っても龍化しないよーにね」


そっちか。


「さすがにそれはしないっす」


「ほんとかなー?」


「ほんとですってー」


さすがに本当に殺してしまっては不味すぎる。

まあ、防具なしで試合形式の稽古やってたぐらいだから、竹刀では死なないぐらいには丈夫なんだろうとは思うけど。


「そう、ならいいけど。……はい、これ」


「ありがとうございます?」


「普段使ってるのそれぐらいのリーチでしょ?」


「おお、たしかに!」


遥さんが折れに渡してくれたのは、短い竹刀……竹刀の小太刀版? みたいなのだった。

いつも使っている剣鉈のリーチと同じぐらいなので、そこは違和感なく使えそうだ。


……まあ、軽すぎてダンボールかなにかを振っている気分になるのは仕方のないことだろう。



遥さんにお礼をいって、軽く素振りをしていると……背後から近づいてくる気配がした。

振り返ると、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべるかませくん(仮)の姿があった。

ぶん殴りたい。


「そんな短いので良いんですかあ?」


「使い慣れてるから」


「ふーん……小ダンジョンかよ、だっさ」


なにをいってるのだこいつは。

別に極大だろうが極小だろうが、適正装備、人数で挑めばダンジョンの難易度はそう変わらないというのに……そりゃチュートリアルまでは多少差はあるけどさ、仮にも深層で鍛えているというのであればその辺は理解してなきゃおかしいと思うのだけど。


まあいいや。

理解してようがしてまいが、この後の流れは変わらない。

そのそっ首切り落としてくれるわ。


「準備はできたようだの?」


「ええ、早くやりましょうよお?」


「私は構いません」


準備は万端ですね。

もう、盛大にフラグ立ててくれやがりましたし。

こうも見事にかませ犬ムーブする人は早々いませんぜ?


ここまでくると、俺の実力を際立たせるために協力してくれているんじゃないか? とすら思えてくる。


あれ? そう考えるとこいついいやつだな。

よし、そっ首切り落とすだけで勘弁してやろう。竹刀でもがんばれば切れるさきっと。



「それでは、始め!!」


お互いの距離をとって構えたところで、お義父さんが開始の合図をする。

……構えたところでといっても、構えたのは俺だけなんだけどな。


こいつ、こっちをなめくさってるのか、武器を構えようともしない。ただぶらぶらと竹刀を遊ばせているだけど。


さて、そっ首を切り落とすつもりだったけど……どうするか。

みた感じ有効打になりそうなのは比較的防御の薄い部分となる……胴は竹刀じゃダメそう。腋は良い感じにダメージ入りそうだけど、普段は見えないからな。


そう考えると後頭部とかの背面もなしかな。腕と小手の綿の入ってないところ……それとやっぱ喉か。


そうゴブリンの首を見るような気持ちで、視線を喉に向けた直後であった。




「っ!? う、うああああぁぁっ!?」


急にかませくんが叫ぶと同時にこちらに切り掛かってきた。

ただ、その動きはあまり早くない。



他の人と比べると、若干早いのは確かだけどダンジョンの深層で鍛えているとはとても思えなかった。

もしかして、かませくんは10階とかそのあたりを深層と呼んでいたのじゃないか?


と、落ち着いてから考えて、そう結論に至った。


「ふむ」


「はい、ポーション」


うん、落ち着いてからなんだ。

俺の前には俯せになって横たわるかませくんと、そんなかませくんにお土産のポーションをぶっかける遥さん、そしてその光景を満足そうに眺めるお義父さんの姿があった。


試合のほうは一瞬で終わったよ。

切り掛かってきたところを、半身ずらして避けながらかませくんの腕を叩き落し。

いや腕じゃない、武器だ武器。狙ったのは小手の綿がない部分ね。

んで喉ががら空きになったので、半ばへし折れてる竹刀を喉元に思いっきり振りぬいたのだ。


たぶん三回転ぐらいしたんじゃないかな。竹刀はバラバラになったよ。

最後にかませくんは盛大に床につっぷして……その直後に遥さんがポーションをぶっかけたのだ。


唸り声みたいのは出てたし、足もぴーんって動いてたから生きてはいたと思うけど……あ、起き上がった。


「大丈夫かね?」


「あっ……あぐ? あれ」


「ポーションかけたから治ってると思うけど―」


首をさすって首を傾げるかませくん。

うん、大丈夫そうでなにより。


「大丈夫ですか?」


「ヒッ!?」


なんだよ、いちおう心配して声掛けたのに。

そんな真っ青な顔してゲロ吐きそうな……あ、これまじで吐きそうだぞ。




結局、この日はかませくんがリバースしたことで道場の清掃をして解散となった。

どうもね、かませくんと対峙した時に無意識で威圧してたらしくて……見学者の心にもちょっちダメージいってたらしくて、もう稽古どころじゃないってなったのだ。今後は気を付けようと思う。お義父さんとお義兄さんは無事だったらしい。身内判定とかだろうかね。


とりあえず普通の人に全力で攻撃したら絶対ダメってのが分かっただけでも、今日の収穫は十分だ。

それに付け焼刃とはいえ、多少剣を使った動きも学べたしね。


あとは俺に対するお義父さんの思いがどうなったかだけど……。


「康平くん。今日はありがとう。実に思いきりの良い、容赦のない攻撃だった」


「ありがとうございます!」


これ、褒められてるんだよね? ニコニコしてるし、褒めてるよな?


「もう夕方だし、せっかくだから夕飯はうちで食べていきなさい。よければダンジョンの話を聞かせてくれないか?」


「はい、喜んで!」


「うむ」


おお!

夕飯に誘われるイベントが発生したぞっ。

これは良い感じなのではなかろうか??


クロにご飯食べてくるってメール送らなきゃ。

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