第192話

さあ、戦闘だ!……の前に、少し歩いた先に看板があるのに気付いた俺たちは、戦闘前にそれを見ておくことにする。

おそらくアマツからのメッセージだろう。無視したら泣きそうだからしょうがないね。


歩いている内に天使との距離も縮まり、遠くからは見えなかった細部が見えてきた。


天使と言うことでめっちゃ美形なのを想像していたのだけど……こう来たか。


「近付いてみるとそこまで人って感じじゃないね」


「なんかロボットぽいな」


顔が人じゃ無かったんだよね。ひどく無機質だ。

仮面付けてるのかな?と一瞬考えたけどそうでもなさそうだし、あれが本物の顔ってことらしい。


見えてる皮膚なんかも人とは違う。

綺麗な肌を陶器に例えたりするけど、これは本当に陶器って感じだ。生き物の肌じゃないね。


中村が言ったようにロボか何かと考えた方が良さそうである。


「そうだな……まあ、大勢の一般人みてるんだ。そんな外見がモロに人の奴と戦わせたりはしないだろう」


「だよねー」


ま、そゆことだよね。

明らかに外見が人なのをばっさー切り捨てたらさすがに不味かろう。


ちなみに天使の数は俺たちと同じだったりする。

一人一体担当かな……一体だけ他と見た目違うの居るから、リーダー格だろうか?あいつは俺がやろう。



おっと、天使を眺めている内に看板が近付いてきたぞっと。


「えーっと……ステージ3到達おめでとう!このフィールドに居る敵を全て倒せばクリアだよ!結構手強い相手だから、道中拾ったアイテムを駆使して戦って欲しい!それじゃ健闘を祈ってるよ!みんなのダンジョンマスター、アマツより」


「うーん、なんだろうこの脱力感」


「ははは……」


前の看板もだけど、なんか見る度に気力がゴリって削られてる気がする。

こんなところで難易度上げてくるなし。




まあ、気を取り直して戦闘の準備をしよう。

敵はまだ動く気配がない、おそらくこちらが一定距離に近付くか、遠距離攻撃を仕掛けるまで動かないと思う。


なのでせっかく取ってきたお菓子を使い、がっちり強化した上で挑もう。


「それじゃアイテム使いますか。大量に手に入ったんで、皆使って――」



蜘蛛から必死こいて確保した大量に確保したお菓子……それらを皆にも分けようと取り出した瞬間だった。


手に取ったはずのお菓子が、全て消えて無くなったんだ。



「――は?」


突然の出来事に理解が追いつかない。

決して俺が超速度でお菓子を食ったとかそんな事じゃない。


本当に手に取ったはずのお菓子が消えた……それに消えたのは俺のだけじゃないようだ。


隊員さん達が取ってきたお菓子も消えたらしく、袋をゴソゴソあさったり、ひっくり返してみたりしている……いったい何があったと言うのか。



そして俺たちが落ち着くより先に事態は進む。

上空から風切り音がしたかと思うと、地面にすさまじい勢いで何かが落ちてきた。


それは天使のリーダー格の真上へと落ち、地面にクレーターを生む。


……天使のリーダー格は即死だろう。



一体何があったのかと驚き固まる俺たちだったが、それは天使にとっても想定外の出来事だったらしい。

落ちてきた何かをみて、戸惑っている様子が伺える。


だが、それが……そいつが口を開き、高音で何かを発したかと思うと、天使たちは一斉にこちらへと振り向いた。無機質なその顔に宿るのは明らかな殺意。



「っ……来るぞ!」


戦闘になる。そう思い皆に注意を促した俺は、即座に竜化を使いこちらへと一斉に向かってきた天使達に向かいブレスを吐き出した。



数が多かったので多少広がるようにしてはいるため威力は下がるが、それでもまともに食らえばタダでは済まないはず。

……だと言うのに天使たちは避けるそぶりすら見せる事無く、ブレスに飲み込まれていく。


ひどく嫌な予感がした。




「!?」


嫌な予感はあたるものだ。

ブレスの火線を突き抜け、天使たちが一斉に飛び出してきた。

その外見には焦げ一つ見当たらない。


天使たちは俺を避けて後ろにいる隊員たちへと向かおうとしていた。

俺は手近な奴に切り掛かろうとして……視界の端にあいつがこちらに向かい突っ込んでくる姿を捉え、ターゲットを移す。

速度差からいって、あきらかにこっちが格上だ。

……正直この速さは俺の手に余る予感すらしている。隊員さんの援護に入る余裕は無さそうだ。




一瞬で俺の目前へと迫ったそいつは、恐ろしい速度で手に持つ武器を振るった。


「ぐっ」


それを俺はかろうじて盾や、装甲の厚い部分で受けるが……まるで紙を切るかのように切り裂かれ、体に痛みが走る。


流血の量からして深手ではないが……問題は痛みがあるのと流血していることだ。

今の俺はアバターではなく、生身だ。



……痛みがあるだけで動きが鈍くなる。

戦闘中に痛みを感じなくするとか、そんな人間離れしたことは俺には出来ない、どうにかこの猛攻を凌いで倒すしかないのだ。



「こっの」


が、いかんせん速度が違いすぎる。

痛みをこらえ何度も武器を振るうが、かすりすらしない。


幸いなのはこいつの攻撃力自体がさほどでは無いことだろうか。

防具をたやすく切り裂いたのは何か特殊な力が働いてそうである。そしてそれは防具のみにしか効果はない、と……なので何とか耐えて一撃を入れれば流れは変わる可能性はある。




と、そんな事を考えたのがいけなかったのだろうか。

そいつが口を開き、何かを言ったかと思った直後、今までの比じゃない速度で、武器がまっすぐこちらへと向かい伸びてくる。

切っ先が向かう先は……心臓だ!




「げフぉっ!」


ほんのわずか、ほんのわずかであるが身を捻る事が出来た。


切っ先は心臓をわずかに避け、肺を貫き背から飛び出る。

喉の奥から込みあがる血を、俺はたまらず吐き出した。


液体操作を使い、針状に変えた血液をそいつの顔面へと向かって。




眼前で広範囲に巻き散らかされた血液の針……普通は避けられないはずであるが、そいつは大勢を崩しながらも全てを避け切る。


……1発も当たらないとはさすがにショックだ。



でも、まあ良い。

本命は次だから。



「ッ土蜘蛛!」



体勢を崩したところに追撃の土蜘蛛を放つ。

狙うのは体の中心だ。たとえ避けようとしても、体のどこかには当たるだろうと言う狙いである。



そして俺の目論見は半分成功する。


土蜘蛛はそいつの左腕を付け根から吹き飛ばし、胴体も僅かに抉り取った。

このダメージは大きい。これで少しはこちらが有利になる……と思ったが。



そいつは空に飛びあがると、距離を取り……そして徐々にではあるが、気付いた体を再生していった。

こいつも再生持ちか。



持っていたナイフも投げたが、追尾以外は全て避けられた。

その当たった一つも致命傷には程遠い。塗った毒も効いた様子はない。


ブレスと言い毒と言い、どうやらこいつは属性攻撃のたぐいを無効化してしまうようだ。



……そして再生が終われば再び猛烈な攻撃が始まる。


切りつける速度が速すぎて、俺の体から飛び散った血が、まるで血煙のようになっている。


それに時折出す、高速の一撃……さらには手を大きく振るうと、光が扇状に広がり……それに触れると体がばっさりと切断されると言う、凶悪極まりない攻撃なんかも追加された。

最初に食らったときは避けそこなって、腕がスライスされた上に耳まで持っていかれた。



逆に俺の攻撃はまったくと言っていいほど当たらない。

特に土蜘蛛は警戒されているらしく、使うそぶりをみせると大きく距離をとるか、腕を切り落とそうとしてくる。




「ジリ貧か……吐き気がする」


戦闘中ずっとこちらを見つめているそいつの口は大きく弧を描いている。

それは戦闘開始から徐々に吊り上がり、今では狂気じみて見える。


こいつは戦闘が楽しくて仕方がないらしい。



……別に吐き気がするのは、笑っているのを見て……と言う訳ではない。

初めに言わなかったが、こいつの容姿は他の天使と大きく異なっている。


肌は非常にきれいだが、無機質ではなく生物のそれだ。

それに顔も中村がロボといったような見た目ではなく、人間のそれに近い。


……殺し合っている相手に言う言葉ではないかも知れないが、恐ろしく美形だ。

プロポーションも完璧と言っていいだろう。


ただ、こいつは……綺麗すぎるのだ。

綺麗すぎて、逆にそこが違和感となって気持ち悪く感じてしまっているのだと思う。

ずっと見ていると気が狂うかも知れない。




……まあ、向こうも同じような事を思っているかも知れないがな。

血だらけになって、なんど致命傷を負っても戦う事をやめない俺の姿は普通は異常に見えるはずだ。


まあ、こいつが普通の感覚を持っているとは思えないから、何とも思っていない可能性もあるけどさ。



目に走る激痛、それに奪われた視界……頭部を突き抜けていく激痛を感じながらそんな事を考えていると、後ろの方からこちらに駆け寄る複数の足音が聞こえてきた。



「島津!無事か!」


隊員さん達であった。

これが他の天使だったら泣いてたね。


どうやら隊員さん達は天使を全て倒したようだ。

見ると装備がボロボロになってはいるが、誰も欠けてはいない……中村がすっごいボロボロになってるな。中村だけまだレベル低いから仕方ないね、てかよく無事だったと思う。



さて、仲間が全員揃ったのでこっちが有利に……って思ったんだけどさ。

ちょっとこれは無いんじゃないかな?



「なんだこいつら!?」


俺の元へと駆け寄ってきてた隊員さん達の足が止まる。

彼らの前に立ちふさがったのは倒したはずの天使……頭がなかったり、体が真っ二つになっていたり、上半身しかなかったりと、どうやって動いてるんだと突っ込み入れたくなるが、動いているものは動いているのだ。




……視線をそいつに戻すと、顔に浮かぶ弧が3つに増えた。


邪魔は入れさせないからやろうぜ?ってことか。

いいよ、その首刎ねてやる。

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