第174話
俺の役目は基本翻訳で、交渉の内容自体はクロ任せだ。
交渉できる猫とか凄いけど、どんなに頭がよかろうが基本は猫なんだよね。
「ちゅーるを開発して、食べる分だけ貰えれば、それで構わないだそうです」
「いや、しかしそれでは余りにも……」
なのでクロの要望は人から見ると戸惑うところが多い。
まず金銭は要求しない、単にちゅーるを開発して、食う分を確保出来ればそれで良いって考えなのだ。
企業の人が戸惑うの無理はない。
メールで要求は伝えていたはずだけど、実際に話した時にほかにも要求されるとか思ってたのかな?
「えっと、自分にとってはお金よりドラゴンの肉でちゅーるを開発してもらう、その事の方がずっと価値のある事。なので問題ない、と」
クロも人と猫とで考えに違いがあるって理解してるので、ここで軽くフォローが入った。
実際にDパッドをたしたしと叩いて、画面を見せたりもしている。
これならさすがに信じる気になるだろう。
「……と言う事はあのメールのやりとりは本当にそちらの猫ちゃんが?」
「ええ、そうです」
ああ、メールの出し主が猫だと信じ切れていなかったのか。
……まあそりゃそうだよねっ!
「人の言葉を理解し、文章で会話も可能と……もしかして猫の言葉も……」
おっと、何やらぶつぶつ言いだしたぞ……その辺はクロと相談してね。
へんな事は考えないように。
まあ、色々あったけど条件のすり合わせは終わった。
解体は起用が専門の業者に頼んで行う。ドラゴン解体の専門業者とかおるんかね。
お肉はちゅーるの開発に回すが、余った分については企業に処分を任せる。
食べても良いし、売っても良いってことだね。企業側は食べるつもりらしいけど。
あと余った皮やら爪については剥製にして飾るんだそうな。
……ペットフードの会社のドラゴンの剥製ってどういうことなのって思わなくもないけど、企業側がそうしたいと言うのであれば俺は止める気はない……。
んで、あとはサインをするだけなんだけど。
「では、こちらにサインを……?」
俺にペンを差し出してきたので、そのままクロへと渡す。
企業の人らが戸惑った顔をしているが、クロはそれに構わずペンを咥え、契約書にサインを書き始める。
クロと書かれた少し拙い文字とその横には猫の肉球。
正真正銘猫が描いた契約書の完成である。
「ははは……これはまた」
「世界初じゃないですか?猫が書いた契約書なんて」
「飾っておかないとな」
暫く呆けていた企業の人だけど、少しすると再起動して契約書をみて談笑し始めた。
おしいけど世界初じゃないんだなあ。ダンジョンの講習の時のがあるからね。
それでも珍しい物には違いないけど。
……本当に飾らないよね?
「あ、やっぱ出すの?」
契約も結んで、そろそろ帰るかなーって感じだったんだけど、クロがにゃーにゃー鳴いて何かを訴えてくる。
「?どうかしましたかな?」
俺たちの様子に気づいた企業の人が声をかけてくる。
どうしようかなーと思いながらも実は……と切り出す俺。
今話すにしても後で話すにしても、いずれこの企業さんに話は行くことになるんだろうし、今話してしまおう。
「ドラゴンが出る次の階層も突破しまして……シーサーペントって言って分かりますでしょうか?あれも手に入ったんですよ」
と、しれっと話したシーサーペントだが……俺の横でクロがバックパックから頭をひょいと取り出したので大騒ぎになってしまった。
「まずはドラゴンで作ってからかー。でも良かったね、その内受けてくれるってなって」
しばらくして落ち着いて話が出来たけど、今はドラゴンで手一杯と断られてしまった。
ただいつか扱いたいと思っているので、その際はぜひお話を下さい、必ず受けますと話してくれた。
なのでいずれシーサーペントのちゅーるもこの世に生まれる事になるだろう。
そんな感じで企業とのやりとりは無事終わった。
近いうちに試作品のちゅーるがクロの元に届くことだろう。
そこで味を確認して、出来が良いものを残して次の試作品……と、何度か繰り返して完成版を作るのだ。
クロというアドバイザーが居ることで、それほど開発に時間は掛からないのでは?と言うお話だ。
んで、その企業からの帰りにふと気付いたんだけどね。
町中がクリスマスイルミネーションで彩られてる訳ですよ。
「……もうすぐクリスマスか」
もうすぐ正月だけど、正月が来る前に一つイベントが残っている。それがクリスマスだ。
「お手入れセットでも買うか」
一応お肉とケーキぐらいは食べるつもりだったけど、クロにこっそりプレゼントを買ってもいいだろう。お世話になってるしね。
……北上さんはどうしようかな。
一応買っておこうか……いや、でもクリスマスの話を振って「ごめーん、今日予定あってさー」とか言われたら、ショックで暫く立ち直れそうにないぞ。
どうすんべ……。
「しんぐるべーる、しんぐべーる、鈴がー鳴るー」
なんて悩んでいるうちにクリスマス当日がやってきた!
思わず歌だって口ずさんじゃうさ。
ジングルじゃなくてシングルだけどなあっ!
北上さんには結局怖くて声を掛けれなかった。へたれで済まない。
ほんと独り身には辛い時期である。
中村から「独り身同士で鍋食おうぜ!」って来たけど、悲しすぎるので断っておいた。
まあ、後日シーサーペントの鍋でも食わせたろう。
「ん。ごめんごめん。クロがいるもんね!」
悲しい歌を口ずさんでいたら、クロから顔面に猫パンチをくらった。
私が居るでしょうに、と言うことらしい。
「実はクロにプレゼント買ってあるんだよー。ごはんの時にでも渡すねっ」
まあ、俺だってもちろんクロの事を忘れていたわけじゃない。
プレゼントだった用意してあるしね……ただ何となくニュースとかで映るクリスマスの光景……主にカップルをみてしまうとね?しょうがないよねって話である。
……さて、ごはんにするか。
マーシーにはドラゴンとシーサーペーントのお肉を渡してあるし、クリスマスっぽい料理でも作ってもらうとしよう。鳥がないからちょっと物足りないかもだけど……そういや鳥ってどこかのダンジョンに出ないのかな?鶏肉も結構好きなんだけどなー。
まあ、ケーキはあるから良いかな?とりあえずBBQ広場にいこっと。
BBQ広場はクリスマスと言うこともあって、俺たち以外には人はいない。
何せここに来る隊員さんの多くは既婚だからね、今頃家でチキンでも食べているはずだ。
……の、はずだったんだけど。
「……あっ」
「……」
広場にポツンと一人で、何かの串焼きを頬張る北上さんと目が合った。目が合ってしまった……くっそ気不味いんですけどっ!
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