第139話
北上の傷は癒えたと言うことで「今日は休んでおきます」と一言残し、島津は家に戻った。
島津が帰った後も隊員達、それに宇佐美副総理を除いた政府の要人はその場に残っていた。
今後のダンジョンの攻略について少し話し合いたかったのである。
「ちょっと良いかい?ああ、楽にしてくれ」
話も終わり、そろそろ解散するか……と言った辺りで不意に病室の扉がノックされ、宇佐美が中へと入ってきた。
「島津さんのカメラ壊れてたって話だったろ?アマツさんに話して映像貰ってきたんだ」
宇佐美は島津のカメラが壊れたと言うこと、アマツに話せば見られるかも知れない……と言う言葉を聞いて、アマツの元へ向かい映像を入手してきていたのである
隊員達、それに政府の要人もドラゴンの姿は一目見ておきたいと、全員で映像を見ることにした。
映像自体はほんの数分の短い物であった。
だが映像が彼らに与えたショックは相当である。
「……」
「……」
最初にブレスを防ぎ、島津の腕が落ちたところで全員が息を飲んだ……そして映像が終わるまで、全員が息をするのを忘れていた。
映像が終わり静まり返った病室の中で、思い出したように再開した皆の呼吸音がだけが響いていた。
「……とんでもねえな」
どれぐらい時間が経っただろうか、ぽつりと宇佐美が一言呟いた。
その顔は真っ青である。
「会見の際にダンジョン内での戦闘動画も流そうかと思ったが……こいつは流しちゃダメだな。ビビって誰もダンジョン潜らんくなるわ」
宇佐美が映像を入手したのはドラゴンを見ておきたいと言うのと、それ以外に会見で戦闘映像を流そうと思ったのが大きい。
ファンタジーを代表するモンスターであるドラゴンだ、そのインパクトはとんでもないものになるだろう。
だが、その映像にはドラゴンの存在を上回る様な光景があった。
傷付きながらも何とかドラゴンに致命傷を負わせた島津。
彼の目の前には、死にかけのドラゴンが居る……もはやまともに動くことは叶わないだろう。だが生きている。
島津はゆっくりとドラゴンへ近付いていき……止めを刺すかと思ったその直後、島津はドラゴンの心臓を、生きたまま食らっていた。
「アマツさんが言ってたのはこいつの事か…………一応言っておくが、最後のはカードの副作用だろう。19階層の敵……トロール?カードの効果が再生なんだが、使いすぎると副作用があるそうだ……アマツさんも「とは言えさすがにあれは想定外だったよ」と言っていたが……なるほど確かにこいつは想定外だろうよ」
宇佐美の言葉を聞いて、その場に明らかにほっとした空気が流れる。
ここに居る全員がダンジョンでモンスターとの戦闘を経験済みだ。
だがそんな彼らにとっても先程の映像はショックが大きすぎたのである。
「……なるほど」
「島津さんやばすぎっす」
「強いのは分かってたけどなあ……なんであれだけの怪我を負ってまともでいられるんだ?」
「メンタル鋼ってレベルじゃないですよ」
彼らは島津が強いこと、それに連続でモンスターと戦い続けるタフな精神力を持っている事を知ってはいたが、先程までこの場で皆と何事も無かったかのように話していた彼の姿を思い出し、身震いしていた。
「さすがは戦闘民族の子孫と言ったところか」
「あ、やはりそうなんですね……」
「いや、知らんけど」
病室に少し笑い声が上がる。
この場の雰囲気は不味そうだと考えた宇佐美が発した冗談、それに皆が少し無理して乗った感じだ。
ただその効果は十分あったりようだ。
その後は今後ドラゴンと対峙した際にどうするか、どのメーカーに装備作成を依頼するかなど、今後についての話し合いが行われていた。
だが、そんな会話には加わらず、それどころか映像を見て以降ずっと黙りきりな者がいた。
「……どうした北上?」
都丸の問いかけにはっとした表情を浮かべる北上。
その表情はやがて渋いものに変わり、ぽつりと呟くように北上の口から言葉が漏れた。
「いやー……私これ、島津くんにどうお礼したらいいのか……」
北上が考えていたのは島津についてだ。
今後潜るときの参考にと時たま見る島津の戦闘映像では、仮に初見相手だとしてもたまに手傷を負うことはあるが、そこまで苦戦する様子は見られなかった。
そのため今回も島津がまさかあんな目に遭うとは正直考えていなかったのである。
お礼はもちろんしたが……それだけじゃ足らないと、彼女は考えていた。
「あー」
「もう島津に身売りでもしたらどうだ?」
「名案っすね」
「いや、島津だっていらんだろこんなの……痛だっ!?」
うっかり口を滑らせた太田の尻に、北上のつま先がめり込む。
その様子を見て苦笑しながらも宇佐美が声をかける。
「まあ、礼については政府からきっちりするから安心しろい。隊員に負担はさせんよ」
そう言うと安心させるように笑みを浮かべる宇佐美。
だが、北上の悩みが解決するには至らなかったようである。
「……身売りかあ」
そうぽつりと呟き、ぽりぽりと頬をかく北上。
やがて大きく息を吐くと、皆の会話へと加わるのであった。
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