英雄

いつかの喜生

第1話 白の世界

 8月、梅雨が明け、日差しの照りつける真夏、雲一つない青空、ここ、龍乃(りゅうの)神社に2人の参拝者が訪れていた。

 高井翔斗と谷野真美、2人は本殿の前に立ち、2人一緒に鈴を鳴らし、二礼二拍手で手を合わせ、そして何かをお願いするかのように祈っていた。

 翔斗は真美よりも早く目を開き、真美のほうをチラチラと見ていた。

 そして真美も目を開け、それを見た翔斗はすぐに前を向き直し、2人同時に一礼。

 真美が悲しそうな顔をして語り始める。

「10年前、中3の時、私と健也はこの龍乃神社にお詣りにきた。ここで2人でお詣りすれば、その2人は生涯を共に出来るって聞いたから。けど、お詣りをした後、なぜだか分からないけど、私は途中で気を失って、気がつけば病院、そして健也は行方不明だった。」

 翔斗は知ってるよと言い、軽く頷いた。

「あの時、翔斗が私を見つけて、救急車を呼んでくれたんだもんね」

「うん。けどそこには真美が倒れていただけで、健也はいなかった」

 真美は悲しそうな、寂しそうな、そんな表情をして、空を見上げている。

「翔斗は、あの時から、ずっと私を支えてくれたよね。本当に感謝してる」

「感謝されるほどの事はしていないよ。僕は真美が好きだったから、だから好きな人の力になりたかっただけだよ」

「あのね翔斗」

 真美は翔斗の手を強く握り、目を潤ませながら翔斗を見つめる。

 翔斗はすごく嫌な予感がしたが、それはまさに的中した。

「私たち、別れよう。」

 翔斗は突然の出来事に頭が真っ白になり、硬直している。

「私ね、本当は今も健也の事が忘れられない。ずっと帰ってこない、ずっと見つからない健也を忘れるため、私の事を好きって言ってくれる翔斗と付き合ったの。けど、忘れる事なんて出来なくて…… 本当にゴメンなさい。ずっと翔斗を騙してるみたいで辛かったの。」

 翔斗は言葉が出ず、ただ沈黙していた。

 真美は翔斗に抱きつき、優しく口付けを交わした。

 時間にして10秒くらい、ずっと唇と唇が重なっていただろう。

「翔斗、ありがとう」

 真美は翔斗に背を向け、神社の出入り口である鳥居を目指して走っていく。

 翔斗は真実の唇の温かさと柔らかさに半分酔いしれ、しかし大好きな人に一方的に別れを突きつけられ、裏切られたかのような気分でもあった。

 そして走馬灯のように真美との思い出が頭をよぎっていた。

 初めて出会ったのは中学入学してすぐ。

 地味でなかなか友達も出来ない翔斗に対し、誰とでも仲良くなり、いつも笑顔を振りまいていた真美。 美人で元気いっぱいで、同学年のみんなの人気者だった真美。

 そしてその、みんなのアイドル的存在であった真美の心を射止めたのは、翔斗の親友の田宮健也だった。

 健也もまた真美と同じで、誰とでも仲良くなり、活発で、そしてわりと女子からもモテる男だった。

 中2の春、健也と真美が付き合い始めた。

 そして中3の夏、健也が行方不明になった。

 その後、真美の事を慰め、寄り添い、そして7年の歳月を掛け、ようやく付き合う事が出来た。

 付き合って3年、手を繋ぐので精一杯で、キスもした事がなかった。

 今が初めてのキス、翔斗にとって、生まれて初めての。

 翔斗にとっての初めてキスは、別れのキスになってしまった。

 流れる涙を手で拭い、流れ出る鼻水をすすり、空を見て、そして、まぶたを閉じて深呼吸をする。

 その瞬間、背後から光が発せらた。

 翔斗の背後は神社の本殿。

 何事かと後ろを振り返る翔斗。

 光は社の中の鏡から発せられているようだ。

 とても眩く、目を開けてはいられなくなり、目を閉じた瞬間、ポチャンっと水滴が水溜りに落ちるような音が鳴り、ゆっくりと目を開くと、そこは真っ白、右も左も、前も後ろも、空も地面も、全てが真っ白の世界。

 遠く離れた所に1人の人影が見える。

 髪は長く、後ろで束ねている。そして白と赤、神社の巫女の格好をしているように見える。

 何がどうなっているのか理解出来ず、翔斗は目を擦る。

 次の瞬間、巫女は翔斗の目の前に立っていた。

 翔斗が驚いた顔で巫女を見ていると、巫女はニコッと笑顔を見せた。

「手を出して下さい」

 巫女は翔斗に手を差し出すようにと言うが、翔斗は頭が混乱して硬直している。

 巫女は胸元から、緑色の勾玉を取り出して、翔斗の手を掴み言いました。

「あなたにこれを差し上げます。どうかお持ち下さい」

 翔斗は訳が分からないので巫女の手を振り払い、勾玉を受け取る事を拒んだ。

 視界が歪む。目の前に眩い光が発せられ、たまらず目を閉じた。

 目を開けると、そこは元いた神社の境内だった。

 神社の外が騒がしい。

 たくさんの人が集まって何やら騒いでいる。

 翔斗は何事かと思い、神社の鳥居を潜り、外に出ると、そこには、頭から血を流し倒れている真美の姿があった。

「真美‼︎」

 声を荒立て、慌てて真美に近寄ったが、真美は気を失っている。

 お腹の辺りが少し動いている。

 呼吸もしているようだ。

 どうやら死んではいないようだ。

 遠くから、救急車のサイレンの音が聞こえる。

 それに混じり、ギチギチギチギチと、不気味な異様な音が聞こえたような気がした。

 救急隊員達が真美を救急車に乗せる。慌てて翔斗も知り合いだと言い、同乗した。

 どうか助かりますように。翔斗はひたすらに祈り続けた。

 病院に到着し、真美は手術室に運ばれた。

 翔斗はただ無事を祈った。

 まもなくして、真実の両親が病院に到着し、翔斗は事故の経緯を両親に話した。

 両親は真美の事は自分達に任せて、翔斗には帰宅するようにと言い、翔斗は帰宅する事にした。

 本当は真美のそばにいたかったけれど、ご両親にそう言われると逆えず、真美の事は心配で気になるが、渋々帰宅する事ににした。

 自宅前までタクシーで帰宅し、帰るなり自分の部屋の布団に倒れ込んだ。

 母親が翔斗に呼びかける。

「翔斗、どこ行ってたの!?谷野さんちの真美ちゃん、トラックに跳ねられたらしいじゃない。あんたなんか知ってるの?」

 なんて答えればいいのか、翔斗自身、頭が混乱していたので、問いに答える事が出来なかった。

「明日話すよ」

 母にそう応え、翔斗はそのまま眠りに落ちた。


 

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