夕飯と海

区院ろずれ

寿司食べたい

 回転寿司でケーキばっかり頼む女って、どう思う? 私のことなんだけど。


 今日は絶対回転寿司に行く。朝に出勤したときから決めていた。理由はケーキが食べたいから。じゃあケーキ屋行けって話だけど、そうじゃない。私は寿司も食べたい。寿司、ケーキ、寿司、ケーキ。人類が考える中でも指折りの、素晴らしいスパイラル。


「お待たせしました茶わん蒸しです。今日もちょっと、やわらかめですよ」

「あ、すみません。ありがとうございます」


 店員さんが置いてくれた茶わん蒸しに手を伸ばす。私はこう見えて、ここの回転寿司屋に週1で通っていた女。茶わん蒸しの好みも店員さんに把握されている。


 ここは大きなチェーン店じゃないせいか、店員さんともおしゃべりができるくらいに空いている。あいているときは(ほぼ毎回だけど)窓際の15番のテーブル席に通してくれるし、えびアボカドの寿司にはマヨネーズを増量してくれる。そんな寿司屋。


「回転寿司」というものに出会ったのは、社会人になってからだ。


 もちろん家族で来ていたこともあった。


「赤色の安い皿しか食べちゃいけない」

「デザートなんてだめ」

「行く前には必ず、お母さんの作ったおにぎりを食べてから」

「5皿以上禁止」


 金色の皿を取ろうものなら大声で叱られる、そんな息苦しい空間は「回転寿司」じゃない。そう気づけたのは、最近別れた彼氏のおかげだったりする。そう思いたくなんかないけど、一応。


 いくら話しても足りないくらい、面白くて優しい人だった。会社の先輩の友達で、合コンで知り合った。


『寿司屋っていいよね。テーブルマナーとか店の雰囲気とか気にしなくていいし、相手の好みも知れるし。こういう店ってデートにはあれだけどさ、結局は誰と来るかだよ。お互い好きにすればいいんだよ』


 本当は、デートでカフェに行くのが嫌だった。そんな自分が嫌だった。


 この人と話すのにいくら払ってもいいと思っていたけど、幼いころから植え付けられた貧乏性が消えない。食べた気がしない小さなプレートに千何円もだすのをためらう自分が、確かにいた。


 お互い好きにすればいい。彼はそう言っていた。そういうところが好きだった。


『ケーキ美味しいよね。俺も頼んじゃお!』


 あの人は好きに生きていた。私以外の女が3人いるほどに。


 モンブラン、チーズケーキ、チョコケーキ。全部1つずつ、注文用紙にさらさらと書き連ねる。


 人生最後の日には、回転寿司を食べて死にたい。何をどれくらい食べても許される。最高の場所。あんな男なんかいなくたって、自分でこの良さに気が付ければよかった。


「すみません。追加お願いします」


 あんたなんかに言われなくても、ずっと自由に生きてやる。こんな夜にケーキを3つ食べるくらいに、ね。

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