90.アルノス山脈

 アルノス山脈の麓に到着する。

 雪こそ降っていないが、気温の違いに身体が震えている。

 俺はバッグから温度計を取り出す。

 何気なく確認してみると……


「2℃か」


 この寒さも納得する数字。

 グラニデの街は、一年中気候が穏やかな地域で、平均して気温は暖かい。

 一時的に下がることもあるけど、せいぜい20℃を下回る程度だ。

 普段過ごしやすい環境に身を置いている俺たちにとって、雪山エリアはとても厳しい環境と言える。


「というか、まだ麓なんだよなこれ」


「上はどんだけ寒いんだよ」


 キリエがそう言いながら上を見上げる。

 俺も彼女と同じ方向を見つめながら、ごくりを息を飲む。


「少なくとも、俺たちが想像している倍はきついだろうな」


 見上げた先に見えるのは、アルノス山脈の頂上……を隠している雲だ。

 途中から真っ白な化粧をしているし、雪が降り積もっているのがわかる。

 俺たちは適当な場所に馬車を停めて、山道を登り始めた。


 アルノス山脈は、三つの地点で環境が大きく変化する。

 三十分ほど歩くと、すでに雪が降り積もっている地点までたどり着く。

 気温はさらに低下し、現在はマイナス5℃となっている。

 ここから中腹にかけて、気温は緩やかに下がっていく。


「うおっ――」


「キリエ大丈夫?」


 キリエが雪に足をとられた。

 転びそうになったところを、ミアが手を伸ばして助ける。

 ぐいっと引き起こし、体勢を整える。


「あっぶない転びかけた。ありがとな、ミア」


「どういたしまして。歩きにくいね」


 雪道の歩きづらさを実感しているのは、彼女たちだけではなかった。

 硬い床やぬかるんだ土とも違う。

 体重をかければ簡単に沈んで、持ち上げるときは絡まって重たい。

 登っていくほどに雪は高く積もっていて、歩くスピードがどんどん落ちていく。


「はぁ……歩くだけでヘトヘトになりそう」


「だよな~ 戦う前からこれはきっつい」


「寒さも強くなってきたね」


 ユイがそう言ったので、確認のために温度計を見る。

 マイナス10℃と表示されている。


「まだ一割も登ってないんだけどな……」

 

 そう言いながら、俺はがっくりと肩を落とす。

 事前に調べた情報によると、アルノス山脈での最低気温はマイナス80℃らしい。

 人間が耐えられる寒さの限界は曖昧だ。

 裸の状態でマイナス50℃の環境下だと、一分もたたない内に凍ってしまうけど、防寒具を身につけれていれば生き延びられる。

 アンディー道具屋で揃えた防寒具は、極めて良い性能を備えたものらしい。

 仕入れたときの売り文句は、マイナス100℃でも耐えられる――だったそうだ。


「とは言っても、寒さが消えるわけじゃないからな。少しでも早く目的を済ませよう」


「そうしようぜ。あたしやっぱ寒いの苦手だ」


「私もだよ。ちょっと手がかじかんできちゃった」


 二人の吐く息が白く色づいている。

 俺たちは寒さから逸早く解放されるため、より寒いほうへと進んでいく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る