70.魔王の力

 ゴブリン軍団は順調に侵攻を続けている。

 第三部隊が待ち構えていた渓谷の出口は、戦線の崩壊と同時に突破されてしまった。

 現在は草原エリアに、波のように押し寄せている。

 ゴブリンたちの視界には、すでにグラニデの街が見えていた。

 あと少し、数分もすれば到着する。

 そうなったら最後、街は全てを奪われるだろう。

 ただし――


 それはもちろん、到着すればの話だ。


「させない!」


 空を駆け、矢の雨を降らせる。

 通行禁止のラインを引くように、降り注いだ矢は一直線に繋がる。

 ゴブリンたちは侵攻を一時的に止め、立ちはだかる者に注目する。


【おうおうお~ 圧巻じゃねぇーかよ。こりゃーすげー量だな】


「……ああ」


 俺はごくりと息を飲む。

 一面鮮やかな緑色に染まっていた草原が、今では濃くて汚い緑色で埋め尽くされている。

 この大群が街を襲っていたと思うと、ぞっとしないなんて無理だ。


【おっと、だがビビる必要はねーぞ? オレがいれば、お前は最強になれるんだからよぉ】


「そうだな」


【よし、最後にもういっぺんだけ聞くぞ? 覚悟は出来てるな?】


「言うまでもなく!」


【かっ! そんじゃ始めようじゃねーか、!】


「ああ! 行くぞベルゼ!」


 俺たちを声を合わせる。

 そして、魂を同調させる。


 憑依重魂ひょういじゅうこん――


 俺の肉体に衝撃が走る。

 燃えるように熱を持ち、紫の炎が全身を包む。

 異なる魂が自分の中へ流れ込んでくる感覚は、あまり良いものではない。

 息苦しさと不快感に耐えながら、俺は己を維持する。


 そして――


 二つの魂が一つの肉体に宿る。


「【さぁ、初陣だ!】」


 互いの声が重なって聞こえる。

 俺の意識とベルゼの意識が混在していて、不思議な気分になる。

 瞳の色が紫色に変化して、右目からは炎のようなオーラが宿っている。


【気分はどうだ?】


「悪くはないけど、居心地は良くないな」


 肉体の主導権はベルゼに移行しているが、代わろうと思えばすぐに代われるような状態だ。

 初めての感覚に戸惑いつつも、今は気にしていられない。


【かっかっか! ちげーねーよ。んじゃまぁ始めるぞ】


「ああ」


 会話が途絶えた直後、俺の背後に無数の魔法陣が展開される。

 マジックバレットの魔法陣だ。

 それらは全てゴブリン軍団へと向けられている。


【あんま時間はねーんでな。最初っから全開でいかせてもらうぜ】


 右手を前にかざす。

 魔法陣が光だし、流星群のように攻撃が降り注ぐ。

 悲鳴をあげ、爆発音を放ちながら吹き飛んでいくゴブリンたち。


【まだまだ!】


 天より雷を落とし、雹を降らせ、炎で焼き尽くす。

 あらゆる魔法を同時に行使し、一切の付け入る隙を与えない。

 戦力差は十万対一だった。

 圧倒的差すら簡単に凌駕してしまう。

 それが出来るから、ベルゼは魔王と呼ばれていたんだ。


【おいおいどーしたぁ! この程度かぁ?】


 ベルゼは煽るようにそう言った。

 ゴブリンたちは返す言葉もないだろう。

 それほどに圧倒的な力を見せつけている。

 俺だって言葉を失うくらい驚いているんだ。

 何より驚きなのが、それをしているのが自分だという事実だけど。


 ゴブリン軍団は順調に殲滅されていく。

 戦闘開始から十分ほどで、四割ほどが倒されていた。

 俺は最初の場所から動いていない。

 ずっと魔法を撃ち続けている。

 魔法適性はゼロだったけど、魔力量だけは異常なほど有ったことが、こんなところで活かされるとは思わなかった。

 

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