53.最初は平和

 森林エリアに突入した馬車。

 左右を木々に囲まれた道を、一列になって進んでいく。

 この道は整備されているが、モンスターの出現率も高い危険区域だ。

 ミアとキリエは、前の馬車で警戒を強めている。


「いつでも戦えるように槍を構えてよっかな」


「それはやめてよ。長くて邪魔になっちゃうよ」


「あぁ~ それもそうだな」


 キリエが後ろの馬車へと目を向ける。


「どうしたの?」


「あたしも後ろがよかったなーって」


「前は嫌だった?」


「嫌じゃないけどさ~ 後ろならシンクと一緒だろ? そっちのほうが楽しそうだなって」


「それはそうだけど、仕方がないよ。この順番が一番守りやすいってシンクが言ってたんだし」


「でもな~ はぁーあ、ユイが羨ましい」


「もうっ、私だって我慢してるのに」


 前のほうからそんな会話が聞こえてくる。


【かっかっかっ! 人気者じゃねーかよ】


「からかわないでくれ」


「本当のこと」


「ユイまで……ったく」


 俺は恥ずかしくてそっぽを向く。

 自分への好意を耳にすることが、こんなにも恥ずかしいなんて初めて知ったよ。

 二人はたぶん聞こえていないと思ってるだろうし、聞かなかったことにしておこう。


【にしてもよぉ~ なんも起こらねーな】


「平和なのは良いことだろ」


【つまんねーよ。いっそモンスターの大群でもこねーかな】


「物騒なこと言わないでくれ……」


 ベルゼはそう言っているけど、たぶん大丈夫だと思う。

 この馬車には、モンスターを遠ざける工夫がしてあるからだ。

 モンスター避けの加工。

 人間にはわからない悪臭を放つ液体を、馬車に塗りつけてある。

 この臭いをかぐと、モンスターは嫌がって近寄ってこなくなる。

 ウルフとか嗅覚がより発達しているモンスターは特にだ。

 ただし、これも完璧じゃないので、どこまで効果があるかは半分くらい運だったりする。


【つまんねーよ~】


「そんなこと言うなら、モンスターが出たら戦ってくれよ」


【あん? オレは戦えねーぞ】


「は? それは嘘だろ」


 俺の脳裏には数日前の激戦が再生されている。


【あれはダンジョン内だったから出来たことなんだよ。今のオレには戦う力はねーよ。出来ても魔法の補助くらいだな】


「そ、そうなのか」


 ベルゼが一緒に戦ってくれるなら、と期待していた半面ショックだった。

 これじゃーただのしゃべる炎と同じだぞ。

 魔法の補助とか、使えない俺には何の恩恵もないしな。


「なら、戦闘中はユイと一緒にいたほうがいいのか」


【そーなるな。嬢ちゃんは見た感じ、魔力のコントロールが苦手っぽいし、オレが手伝ってやるよ】


「別にいい」


【なっ、なんだと?】


「良いんじゃないか? それくらい働いてもらわないと、ついて来てる意味ないし」


「シンクが言うなら……わかった」


【何なんだよ……この対応の差は】


 ベルゼは呆れながら炎を揺らす。

 そうこうしていると、森林エリアの終わりにさしかかっている。

 出発から三時間半で、俺たちは森林エリアを抜けた。

 モンスター出現区域ではあったけど、一度も遭遇しなかったのは運が良かったと言える。

 出発してから最初は平和に過ぎ、俺たちを乗せた馬車は次なるエリアへ入る。

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