45.試される覚悟

 時計の針は一周のうち五分の一が進んでいる。

 体感した時間から考えると、おそらく一周で一時間くらいだ。

 つまり、一時間以内に鎧騎士を倒さなくてはならない。


「はぁ……はぁ……」


【その程度では、汝は強さは永遠に届かぬ】


 そんなこと言われなくてもわかってるさ。

 さっきから色々と考えているけど、勝利のビジョンが思い浮かばない。

 攻撃も防御も完璧で、移動速度は眼で追いきれない。

 反射と予測でギリギリ対応できているけど、読み外したらその時点で終わりだ。

 加えて魔法まで使えるなんて、強すぎにも程があるだろ。


「いや……嘆いていても仕方がないか」


 時間は限られている。

 だけど、ここで焦っても勝ち目なんてない。

 まずは相手の動きに慣れろ。

 それから考え続けろ。


【好い。まだ終わりではないな】


 戦いは激化する。

 剣をふるい、魔法で埋め尽くされのた打ち回る。

 慣れることが先決だと、戦いを継続した。

 確かに慣れたことで、少しずつだが反応が速くなっている実感はある。

 だけど、それ以上に感じてしまう。


「っ……ごほっ」


 俺ではこの鎧騎士には勝てない。

 口から流れる血と、全身につけられた斬撃の傷が訴えてくる。

 早く逃げろ。

 そうでなければ、お前は死んでしまうぞと。

 己の死が脳裏に過ぎり、情けない考えが浮かんでしまう。

 必死に振り払おうとしても、頭の片隅には居座り続ける。

 そんな俺の弱さを見抜いたのか、鎧騎士は言う。


【逃げても構わぬぞ】


「な、何を言って……俺が逃げたら!」


【汝は生き残れる。我は追わぬ】


「っ……」

 

 鎧騎士の発言に、自分の心が揺れたことを感じる。


「その場合……彼女たちはどうなる? 解放されるのか?」


【異なこと。この者らの魂は我の力となる。それこそ、汝が力を示せなかった代償と知れ】


「そんなこと……」


【逃げることは恥ではない。すでに気付いているはずだ。汝では我に勝てぬ】


 鎧騎士の言う通りだ。

 今の俺じゃ勝ち目はない。


【英気を養い、再び我に挑むがよい。汝にはその資格がある】


 英気とか資格とか。

 色々な言葉を並べられている。

 どれもこれも俺には似合わない言葉だし、何より届いていない。

 ここで逃げれば、自分の命は助かるし、再戦のための準備だって出来るんだろう。

 だけど、その時に彼女たちはいないじゃないか。


「それじゃ意味がないんだよ。俺は……彼女たちを助けるために戦っているんだ」


【それは叶わぬ夢。汝では我に勝てぬと知りながら、戦うことは愚考である】


「違う! 最も愚かなのは、仲間を見捨てて逃げることだ」


 俺は弓を構え直す。

 すると、鎧騎士は剣を降ろして言う。

 まるで呆れているように見える。


【仲間など足枷にすぎぬ。現に見よ、今の汝にとってこれが足枷以外の何だという】


「足枷なわけあるか。彼女たちのお陰で、俺は今も生きている。彼女たちに出会えたから、こうして戦えているんだよ」


 そうだ。

 俺は一人じゃ何もできなくて、独りぼっちになって……

 諦めかけていたとき、俺は彼女たちと出会った。

 あの出会いがなければ、俺は今頃どうしていただろう。

 想像したくもないし、今となっては想像も出来ない。

 だって、今の俺はとても幸せで、彼女たちには感謝しかないんだから。


「彼女たちは俺にとって、何より大切な存在だ! 彼女たちの価値を、お前が勝手に決めるんじゃない!」


 俺は叫んだ。

 こんなこと直接言うのは恥ずかしいけど、本心なのは自分が一番知っている。

 紫色の壁に阻まれて、こちらの声が聞こえていないだろうから、こうしてハッキリと言える。


【ならば武勇を示せ。刻限は近いぞ】


「ああ、そのつもりだ」


 覚悟を決め、俺は鎧騎士と再び向かい合う。

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