26.生きている実感

 一瞬だけ、勝てたと思った。

 嬉しいくらい順調にことが進んで、完璧な連携も発揮されていた。

 一人一人が簡素な指示の元、適切な行動を繰り返していたから、ここまでやれたんだと思う。

 

 それでも足りなかった。


 新たな姿を見せた黒竜は、俺たちをギロっと睨みつけている。

 よく見ると、破壊した片翼が再生している。

 牙は欠けたままだが、頭部の鱗も治っているようだ。

 これでは振り出し所か絶体絶命だ。


 せめて彼女たちだけでも……


 俺の脳裏にそんな考えが浮かんでいた。

 半分は諦めに近い。

 もはや打つ手はなく、思考も上手く回らない。

 このまま殺されるのを待つしかないのか。

 それすら考えてしまう。


 だが――


 黒竜に異変が起こる。

 突然苦しみ出し、バチバチと音を鳴らしている。

 バタバタと翼を不規則に動かし、飛行すら満足に保てなくなる。


「何だ? 一体何が起こっている?」

 

「シンク!」


 困惑する俺の元へ、ミアとキリエが近寄ってくる。

 この状況で一箇所に集まるのは危険だが、様々なことが一気に起こりすぎて、もうそこまで考えられない。

 目の前で起こっていることを整理しようと、俺たちは会話をする。


「ねぇあれ……どういうこと?」


「あたしらの攻撃が効いてたってこと……じゃないよな」


「わからない。わからないけど……」


 これはチャンスなのだろうか。

 黒竜が苦しんでいることは、様子を見れば明白だ。

 弱点の口も開いたままもがいている。

 狙うことは出来なくもない。

 

 状況の整理に追いつけず、判断が遅れる。

 そして、状況はさらに変化する。


「上を見て!」


 ミアが黒竜の頭上を指差して言った。

 俺とキリエが目を向けると、青空に真っ黒な亀裂が出来ている。

 まるで空が割れているように見えて、思わず言葉を失う。


 亀裂はさらに広がり、黒竜よりも大きくなる。

 そのまま黒竜は苦しみながら、空の亀裂へと吸い込まれていく。

 黒竜の全身が亀裂に入り、姿が見えなくなると、亀裂も瞬時に閉じて、再びの青空へ戻る。


「「「……」」」


 三人とも情報の多さにフリーズする。

 青空をゆっくり流れていく雲。

 東の空には太陽がだんだんと上へ昇ってきている。

 何事もなかったかのように、静寂が訪れる。


 最初に口を開いたのはキリエだ。


「終わった……のか?」


 俺は周囲をぐるっと見回す。

 ワイバーンの群れも、黒竜の姿もない。

 戦うべき相手は消え、俺たちだけが残っている。


「ああ……終わったんだ」


 俺がそう言うと、二人はぐったりと肩の力を抜いた。

 地面へと降り立ってすぐに尻餅をつく。

 俺はユイを抱きかかえているから出来ないけど、地面に寝そべりたい気分だった。


 様々なことが起こり、状況が二転三転した所為で、素直に喜べない。

 それでも、俺たちは生きている。

 生きて、こうして空を見上げている。

 一時は死すら覚悟して戦いに望んだ。

 正直に言えば、何度も死を予感して諦めかけた。

 きっと三人も同じだったはずだ。


 だからこそ、生きているという実感が心地良い。

 重力を感じて、疲労もあって、空気が吸えている。

 当たり前のことが、当たり前じゃなくなる一歩手前まで行っていたから、余計に実感しやすい。


 こうして、黒竜との戦闘は終結した。

 大激戦を演じた俺たちは、しばらくその場から動けなかった。

 そして、同じように動けなかった者たちがいる。

 ずっと遠くから逃げもせず、俺たちの戦いを見ていた者たち。

 特に一人は、突き刺さるような鋭い視線で、俺たちを睨んでいたらしい。

 このときの俺たちには、そんなことを気にする余裕はなかったけど。

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