たとえ世界が君を忘れても
木鳥ミヤビ
プロローグ『見える少年』
──突然だが、
彼には幼い頃から見えてはいけないものが見えてしまった。それにより、いつも彼の周りには怪奇現象が起こる。
しかし、人というものは慣れる生き物。彼にはその適応力と呼ぶものがかなり高かった。
物が急に動いたり落ちたりするポルターガイストはただ無言で元の場所に戻す。音が急に鳴るラップ音は目覚まし代わり。金縛りはあと三分布団で寝れるボーナスタイム。超レアな物体浮遊などはもはやイリュージョンを見ている感覚など、彼は常人とは少しズレていたのだ。
しかし、彼の両親はそれを心配した。そりゃそうだ。いきなり誰もいない空間に話したり、家族写真を撮れば多人数の影が映ったりするのだ。心配するなというほうが難しい。
朱理は両親に何度も霊媒師などの、そういった類を専門とする役職の人の元に連れられた。中にはテレビに出るような有名な人もいた。
しかし、誰もが口を合わせてこう言う。
「申し訳ありません、私では無理です」
それほどまでに彼にまとわりつく奴らは厄介なものなのだ。
しかしその後、彼は特に何事もなく成長する。両親も物が動こうが音がしようが慣れてしまった。慣れとは恐ろしいものである。
そして今日、朱理は今年から通う大学に行くために家を出て一人暮らしをすることになっていた。
「じゃあ、行ってくる」
生まれ育った家を出て、見送る両親にそう言う一人の少年。
久遠朱理、十八歳。平均よりも高い身長に、少し筋肉質な体付き。茶色く短髪とも言えない長さの髪が少し目にかかっているが、彼の生まれながらの目付きの鋭さを隠すことはできてはいないようだった。
そんな高校時代、友人の一人もできていない事を知っている彼の母親は、ハンカチを目に当て涙を流す。
「やっぱり無理よ、朱理が一人で普通の暮らしを出来るはずがないわ!ここにいて一緒に暮らしましょ?」
「お母さん、これは朱理の選んだ道なんだ。僕達はこの子自身が選んだ道を歩く姿を後ろから見守るべきなんだよ!」
「あなた!」
「妻よ!」
「おいやめろ馬鹿親共、こんな昼間っから外で抱き合うな」
家の前、ご近所の目もあるというのに関係なく互いを抱きしめ合う両親を見せられるその息子。確かにキツイ。
しかし、朱理の両親がそういうのも肯けるのだ。
幼い頃から幽霊や妖怪などのそういった類のものが見えてしまう朱理。彼や彼の両親はそれによる現象に慣れてしまったが、普通はそうはいかない。たんにこの家族の適応能力がズバ抜けて高かっただけなのだ。
さらにもう一つ、彼の母が心配する事──
「だって朱理、貴方は普通の人よりも少し丈夫なのよ?ここら辺でも『赤鬼』とかの呼ばれ方して...」
「ちょっと待て、なんだその痛いあだ名」
「小さい頃向かってきた近所の斎藤くんだって、貴方はノールックで顎を捉えて気絶させた後、そのまま彼を公園に放置したじゃない!貴方に普通の大学人生なんてダメよ!死人が出るわ!」
「そ、そうだった!朱理、悪い事は言わない。まだ遅くはないから、大学に行く事を考え直すんだ!仕事なら、父さんの仕事を手伝ったらいいから!」
ついに朱理の足にしがみ付いてしまう彼の両親。
まぁ確かに、朱理自身も自分に落ち度がある事を自覚はしていた。幽霊が見えるなどという事を隠す事をしなかった為、同年代の奴らにはよくからかわれ、それらを沈めていた時もあった。その結果、華の高校人生を一人で過ごしたのだ。
だが、それとこれとは話が別だ。
「親父の仕事は普通のサラリーマンだろ。手伝うって何だ。母さんも、もうずっと言ってきた事だろ。荷物も全部あっちに送った。俺の部屋には布団の一枚もない」
「なら、お母さんとお父さんとで川の字で寝ましょう?」
「十八にもなって親と寝る息子がどこにいる!?もう離してくれ、電車に遅れる!」
「嫌だ!お前が行かないと言うまで離さないぞ父さんたちは!」
そろそろ本気でめんどくさくなってきた朱理。仕方がないと、彼自身取りたくない手段を実行した。
「...
彼がそう言うと、足にしがみ付いていた彼の両親が急に力を緩めた。そしてその間に朱理は二人の呪縛から逃げ出した。
「そ、蒼華ちゃんね!?コラッ、やめなさい!」
「や、やめてくれぇ!息子が野に解き放たれてしまえば、間違いなく死人が出るぞ!?」
「あんたら両親は俺を一体なんだと思ってる!?というか、俺だって加減を知って──」
「嘘よ!加減を知っている子はたとえ殴りかかってきた相手だとしても、その相手を川に流したりしないわ!」
「そうだそうだ!家族以外まともにちゃんと話せないコミュ症が、どうせ大学に行っても友人一人出来ないに決まっている!」
その時、朱理の中の何かが切れる音がした。
「おい蒼華、笑ってないでこの二人を家に閉じ込めておけ。もしも出ようとしたら、ここら辺の奴らに扉が開かないようにしとけと言っておけ」
「ひ、酷い!?それが実の親に対する仕打ち!?」
「そ、そうだそうだ!横暴だ!職権濫用ならぬ幽霊乱用だ!」
「うるさい。じゃ、もう行ってくる」
踵を返し振り返る事なく朱理は駅の方向へ歩いて行く。
その後ろでは、朱理の名前を呼びながら、何かに運ばれているように二人の男女が中に浮かび、家の中へと連れ去られる様子があったという。
そして、そんなドタバタ劇があった後。なんとか目的の電車に間に合った朱理は、駅のホームにて深いため息を吐いていた。
「...はぁ」
怖い見た目の赤コートの男が駅のホームで項垂れるその様子に、彼の前を通る人々は距離を取る。
高校を卒業する時に母から贈られたこのコートだが、彼自身あまり気に入っているわけではない。理由は簡単、悪い意味でただでさえ目立つ容姿なのに、このコートはなお目立つ。この一つに限る。
だが、今はそれを気に出来ないほどに精神が疲れていた。
「はぁ」
先ほどから携帯の通知が止まない。そろそろ本当にめんどくさい。が、もし電話に出てしまえばなおもめんどくさい。
そんな板挟みな状況で、彼は精神を擦り減らしていた。
「...あっちいに行ったら、携帯番号変えようかな」
『それはちょっと酷くない?二人だって貴方を心配して言ってるわけだし』
その声は、彼の頭上からした。
女性の声。それも若い女の声。本来頭上から声がするなどありえない。しかし、彼にとってそれは日常であった。
「だとしてもだ、実の息子にあそこまでいうか?」
『日頃の行いってやつでしょ。貴方のお母さんが言っていた『赤鬼』っていのも的を得ているでしょ』
「飛んでくる火の粉を払っていただけなんだが」
『限度を知らない貴方が悪いわ、朱理』
それは朱理と対して変わらないくらいの歳の少女であった。黒く長い髪と何処かの学校の黒い制服。服に合わない青いネクタイ、それ以外を黒一色で身を包む美しい女子生徒。そんな街を歩けば男が振り返る美貌を持つ彼女は、彼の頭上を浮いていた。
『結局、高校で友人はできなかったわね、馬鹿
「余計なお世話だ、馬鹿
この少女の名は蒼華。ある時から朱理に取り憑いた、言わずもながら幽霊である。
先ほど彼の両親を引き剥がし家に戻したのは彼女。常人には見えず、久遠朱理という一人の少年にのみ認識されるいたって普通の幽霊である。と、いうのは彼女の主張。“普通の幽霊”などというきょうび聞かない言葉に彼が苦笑したのは今は関係はないだろう。
そんな彼女も、朱理が大学に行くにつれて一緒に行動する事になるのが、この物語の始まりである。
『ねぇ、まず行ったらどうするの?まさか普通の大学人生?』
「...まぁ、そうだな。まずは近場でバイトを探して、あとは普通に」
『
「......」
二人にしか聞こえない、二人だけの会話。彼らの過去に何があったのかはまだ話す時ではない為、今はまだ語らない。
しかし、これだけは言える事がある。
──久遠朱理という少年に、普通の日常というものはありえないのだ。
『ほら、電車が来たわよ』
フワフワと宙を目の前で浮く黒い少女。その赤い瞳は面妖に彼の目を見ると、本来黒い彼の目はその一瞬赤く光る。
だが、それを見たものはここにはいない。
「ああ、行こうか」
そして彼は生まれ育った街を出る。
その先に待ち受ける非日常を、この時の彼はまだ知らずに。
『みたいなナレーションって、もう古いと思わない?』
「いきなり何を言ってるんだお前は?」
──まだ、知らない。
たとえ世界が君を忘れても 木鳥ミヤビ @ToRa-KiTiNoSuKe
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。たとえ世界が君を忘れてもの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます