エクストラストーリー 少女が騎士になった日

 ユズ……エルシアの友人にして、3級と言う上級騎士の肩書を持つ彼女は、優秀な騎士でした。


 どんな困難にも立ち向かって、勝ち目が無さそうな相手でさえ倒してしまい、持ち前の超反応を駆使しながら捜索を瞬時に終わらせる……騎士としては完璧な少女でした。


 しかし彼女は3級の騎士。どうして優秀な彼女が、そんな微妙な階級に居るかと言うと……彼女はまだ子供で、精神面で大人に劣る所があるからでした。


 例えば、今彼女の目の前で起きている事など、彼女の上司にして大人のレウィンならば直ぐに解決出来る問題だったりします。


「えっと……改めて聞くけど、君は……?」


 ユズは向かいのテーブルに座る少女を見ながら、常温に戻ったお茶を飲みながら聞きました。


 彼女の向かいに座る10歳手前の少女は、礼儀正しく椅子に座りながら、静かに回答しました。


「リザです。北国の集落に住んでいます。私は王都出身のある人に憧れて、騎士を目指し、無事に8級の騎士になれました」


「そ、そう。確かに自己紹介の時にもそう言ってたよね……」


「はい」


 ユズは再びお茶を飲もうとコップを持ち上げますが、既に飲み干していたのに気付いて、そっと置きながら小さくタメ息を吐きました。


「……」


「……」


「(レウィン隊長……どうして私にこの子を預けたんだろう?)」


 ユズはリザと出会った頃の所から思い返していました。



 それは今日の早朝集会の時でした。レウィンが騎士たちの前に小さな少女を連れて来たのです。


「今日から我々の部隊に配属になった騎士だ。皆も顔をよく覚えておくように!」


「「はいっ!」」


「それとユズ副隊長、今後の彼女の世話は君が行ってくれ」


「え?私ですか?」


「……この子の面倒を見てくれたら、私の身の回りの世話はしなくて良いぞ」


「――っ!」


 実はユズ、少し前に騎士に迷惑を掛けて、罰としてレウィンの身の回りの世話を任されていました。しかし彼女はユズが思っていたよりもプライベートは怠惰で、結構しんどかったりしていました。


「隊長のお世話よりは楽そうですし、引き受けます!」


 騎士たちの間で笑いが起きました。ユズはその言動の浅さや元気な所が、騎士たちの間で人気になり、ムードメーカーでもありました。


 レウィンは大きく咳払いをして周囲を黙らせると、少女に自己紹介をさせました。


「私はリザです。8級の下級騎士になります。ある人に憧れて騎士になりました。よろしくお願いします」


「……ま、冗談抜きでレウィン隊長のお世話よりは楽かもなー」


 ユズは彼女のしっかりした性格に安堵しながら呟きました。



「あの……ユズ副隊長?」


「え?どうしたの?リザちゃん」


 一気に現実に引き戻されたユズは、作り笑いをしながらリザの顔を見ました。


「あー、ごめんごめん。あのさリザちゃん、私の事は副隊長って呼ばなくても良いよ?」


「え?どうしてですか?」


「皆そうだもん。副隊長として認めてくれてるみたいだけど、それでも子供だからかな……結構ユズちゃんとか呼ばれてるんだよねー」


「……それって規律的にどうなんでしょう?」


「さぁ?でもレウィン隊長が気にして無いんだし、別に良いんじゃない?」


「はぁ……」


「だから、リザちゃんも私の事は副隊長なんて堅苦しく呼ばなくても良いんだよ?」


「分かり、ました。ユズ……さん」


「ぬぁー!可愛いー!」


 モジモジしながらユズの事を呼ぶリザに、ユズは謎の奇声に似た声を上げながら、席を立ってまで彼女に抱き着き、頬ずりし始めました。何してんですかコヤツは。


「もういっその事、私をお姉ちゃんと呼んでくれても良いんだよ!」


「いえ、すいません……。私がお姉ちゃんと呼びたい人は、他に居るんです」


「そっかー。それじゃあ私の目標はリザちゃんと仲良くなって、お姉ちゃんと呼んで貰える事にしようかなぁ」


 そんな会話をしてる内に、二人の間にあった気まずさの様なものは無くなり、改めて騎士の仕事についてユズは話し始めるのでした。



 それから1周間した後の事、今日のユズは休暇の為、エルシアとお茶を楽しんでいました。


 この時にユズは、リザがエルシアと面識がある事を知り、そして彼女が憧れた王都出身の人の存在がエルシアだという事を悟るのでした。


 そしてユズは、リザが騎士流の動きに似た戦闘方法を最初からマスターしてる事に疑問を持っていたんですが、エルシアが彼女に手解きした事を知り、色々と納得してしまうのでした。


「ユズ……リザちゃんの事、お願いしますね」


「任せて!……って言っても、エルシアちゃん並に強いんでしょ?彼女」


「えぇ、ですが気が強い方では無いので……」


「確かにねー。何て言うか、優し過ぎる?」


「まぁそんな感じです。しかし戦場で優し過ぎるのは命取りになります、そこをユズには見ててほしいんです」


「りょーかい」


 そんな会話をしていた二人は、今まで旅して来た場所を巡り直しながら、雑談を交わしていました。


 しかしユズは頭の片隅で、ずっとリザの事を考えていました。


 エルシアは騎士として見れば、間違いなく2級は取れる強い人間です。そのエルシアから1度は勝っているなんて……ユズには到底信じられていませんでした。



 休暇を終えたユズは、副隊長の権限を使ってリザを訓練場の裏まで連れて来ていました。


「あの……ユズさん?どうしたんですか?」


「リザちゃん……勝手な話で悪いんだけど、私と本気で戦ってもらって良い?」


 ユズはボウガンをホルスターから抜き、戦闘態勢に入りました。


 いきなりの事で動揺したリザは、胸の前で手を組みながら、少し震えた声でユズに質問を投げかけました。


「あ、あの……訓練試合で私とユズさんは戦ってるじゃないですか。どうして突然こんな事を……?」


「(あー、リザちゃん怖がってるよ。後でエルシアちゃんに怒られそうだなぁ……)」


 ユズは先の事を考えて顔色を悪くしましたが、気持ちを切り替えてジッとリザを見つめました。


 ユズの闘気に臆して震えてるだけに見えるリザでしたが、実はしっかりと回避の構えを取ってる事をユズは見逃しませんでした。


「……いくよ!」


 ――バシュッ。


 まだ武器すら構えていないリザに、ユズは矢を放ちました。


 寸での所で回避に成功したリザは、自分の頬から流れる鮮血を見て驚きを隠せない表情をしました。


「ちょ……ユズさん!。これ本物の矢ですよ!?」


 リザは腰に着けたままにしているフルタングのナイフを反射的に抜いて構えると、ユズに怒る様にして言いました。


「言ったでしょ?……「本気で戦って」って」


「私は……いつも本気ですよ!。本気で戦ってユズさんや他の先輩騎士にも勝てないんです!」


「……」


「だから、お願いです……。私が強くなるまで、死合いは止めてください」


「……」


「あの……ユズさん?」


 ナイフを降ろしてユズに歩み寄ろうとするリザに、再び矢が飛んできました。今度は顔では無く胸を狙っての攻撃です。


 リザは反射的に矢を弾き飛ばし、ユズを見ました。


「私ね……知ってるんだよ?」


「……え?」


「リザちゃんが憧れてる人物、その人から1回勝ってる事を」


「――っ!?」


 二人の間に不吉なまで冷たい風が通り抜けます。その風に乗って舞った砂が、砂煙に変わり、二人の視界を遮っていきます。


「どう……して……?」


 リザは目を見開きながらユズに問いかけました。


 するとユズはボウガンを捨てて、胸元のポケットからバタフライナイフを取り出しました。


「逆に聞くけど、どうして私が彼女を知らないと思ったの?。私だって王都出身なんだよ?」


「……」


「そして私は彼女の親友なの。だからこそリザちゃんが本気で戦って無い事が分かる」


「……」


 完全に黙ってしまうリザ。しかしこれは嘘がバレて何も言えなくなる子供が黙るのとは違い、本気で戦う為に意識を集中させてるのでした。それほど全力で戦わなければ、勝てない相手だとリザは認識していたのです。


 そんなリザの目を見たユズは、更に張り詰めた声でリザに声を掛けました。


「だからさ……貴女の強さ、彼女と渡り合える私が確認してあげる。本気で来て!」


 ユズがそう言い終わるのと同時に、リザは砂煙の中に姿を消しました。


 気配は全く感じない……。どうやらエルシアは、本気でリザに稽古を付けていた事をユズは確信しました。


 そして、エルシアは基本的に分かり切った最善手は取らず、寧ろそれを反撃される事を見越した戦い方をします。


 よって、本来なら砂煙に紛れて背後から斬り付けるのがセオリーですが、リザは正面から斬りに来ると分かっていました。


 ――ドンッ。


「がぁっ!」


 ユズの蹴りがリザに命中しました。しかしリザは苦しみの声をあげながらも止まる事はせず、ユズの足を斬ろうと反撃してきました。


 そう動くのも分かっていたユズは、ギリギリまでナイフを引き付けると、足を引っ込めて踵蹴りを前のめりになったリザの後頭部にぶつけました。


 ――ガンッ。


「ぐっ……!」


 リザは脳震盪を起こし、その場に倒れてしまいました。砂煙も既に散ってしまい、闇討ちは出来ない状況。


 ユズはリザに近付いて、ナイフを取り上げて勝ちを宣言しようとしていましたが、ここで彼女は予想外の攻撃を受けて怯む事になります。


 ――バシュッ。


「――っ!?」


 ユズの胸元から鮮血が噴き出しました。そして完全に動けないと思われていたリザは、巧みにユズの蹴りを躱しながら近付くと、ナイフを胸に突き刺そうとしてきました。


 しかし、リザのナイフはユズに届く事はありませんでした。


 リザの腹部には手が当てがわれて、首元にはナイフの切先が突き刺さる直前の所で止まっていたのです。


「私の……勝ちかな?」


「……はい。これは完敗です」


「……ははっ!。やっぱりエルシアちゃんの言う通りだ!リザちゃんは本当に強いよ!」


「今ユズさんに負けちゃいましたけどね……」


 こうしてお互いに武器を仕舞った二人は、遠目から戦いを眺めていたレウィンに怒られながら医務室に向かうのでした。



 それから数日して、リザには再び騎士の審査が言い渡され、無事に4級騎士になりました。


 審査のし直しを申し立てたのはユズです。「彼女の本当の実力を審査してほしい」と国王に迫ったのだとか……。


 彼女が4級騎士になった事が不満だったユズは、審査員に理由を問い詰めましたが、単純に精神面の幼さが原因だと審査員は言っていました。もう少し大人なら3級だったとも付け加えて。



 その後、改めてリザのお世話係になったユズは、今日も彼女との訓練を終えて、ある事を話し合っていました。


「リザちゃんも色々と出来る様になってきたしさ、そろそろ騎士に依頼があった討伐をやってみようと思うんだけど……どう?」


「討伐任務ですか……。ユズ先輩と一緒ならやってみます」


「オッケー!。それじゃあ王都国民の悩みの種を潰しに行きましょー!」


「おー!」


 こうしてユズは、彼女の初の任務に何故か水龍の討伐を選ぶのでした……。

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