15節 鏡の王城と、不気味な地下と、彼の悲惨な過去

 合わせ鏡の国の最奥まで進んだ私たちは、とうとう王城まで辿り着いていました。まぁ国って言うくらいですし、そりゃあ立派な城もあるんだろうなと思っていましたが……まさかそこも鏡で作られてるなんて誰が思ったでしょう。


「うわ……」


 流石に鏡に飽き始めた私は、タメ息を吐きながら空模様と日の光を写す出す城を見上げました。


「城にまで鏡を用いるとは……この国は魔女が嫌いだったのかもしれませんね」


「どういう事です?」


「まず鏡とは、あらゆる物を映し出す……言い換えれば反射させる道具じゃないですか」


「そうですね。まぁ未来も反射してましたが」


「それはこの鏡が特殊だからですね。それで、鏡の弱点は衝撃に弱い事です。だから殴ったら割れるのですよ」


「オマケに鋭利な刃物になってくれるんで、壊れても便利ですよね、鏡」


「……」


 悲しげな表情のエレナさんが、無言で私の事を見つめてきました。……え?私何かしましたっけ?。


「エルシア……貴女が殺しに抵抗が無いのは育った環境的に仕方の無い事かもしれません。ですが忘れないで下さい……どんな正義であろうと、人を殺める事は決して良い事では無いのです」


「あぁ……重々承知してるんで、大丈夫ですよ」


 エレナさんの思ってる事が分かった私は、笑顔で返事しました。


「なら良いのですが……。それで鏡の話ですけど、要は物理的な衝撃以外は跳ね返す性質がある訳です。それは魔法も例外じゃ無い」


「へぇ。魔女裁判とかで魔女を殺して村の平穏を守ろうとするのは知ってたけど、ここの国王は平和的なやり方で魔女を排除しようとしてたんだね」


「ちょっと待ってください……魔女裁判?魔女を殺すって……どういう事なんです?」


「昔は魔女を悪魔だと決めつけて殺す風習があったんだ……まぁそれもエレナが子供の頃の話だがな」


「……つくづく今の世界は平和な気がしますね」


 私たちはそんな話をしつつ、王城内に足を踏み入れました。


 王城内は至る所に鏡が設置されてるものの、それなりに一般的な城の内装をしていました。石造りは何となく気が引き締まって良いですよね。


 ここに来るまでに見た光景、それは未来のアヤカと共に居る私の姿、過去のエレナさんとシャディさんの他愛無い会話が数回だけです。個人的にはノヴァさんの過去が見てみたいもんですが……まぁそんな都合良く見れたりはしないですよね。


 それからボチボチ場内を探索する事数十分、私たちは地下への入り口を見つけました。見た感じ鏡で作られてる場所みたいです。


「地下が鏡だらけって……何か気味悪いですね」


「それでも行くのでしょう?」


「それじゃ、ちゃっちゃか見て帰ろうよ。私もう飽きちゃった」


「同感だ。さっさと行こう」


 こうして私たちは、再び鏡まみれの場所に足を踏み入れました。


 階段を下りきると、今までにもまして豪華な金を使った装飾がされた鏡が、ど真ん中に主張される様にして置かれていました。


 その鏡からは不思議と今までの鏡からは感じなかった、何とも言葉にしにくい感覚を感じます。


「何か……不気味なんですけど、不思議と懐かしく感じますね」


「この鏡がか?」


 鏡に近付いた私とノヴァさんは、マジマジと鏡の中に映る自分の姿を眺めました。因みにエレナさんは、階段付近から光の魔法で私たちを照らしてくれています。シャディさんは……お食事タイムらしく、エレナさんの首筋に噛みついて血を吸ってるみたいです。エレナさん……無表情に見えますが、何だかこそばゆそうです。と言うか貧血にならないか心配です。



 鏡を覗いていると、過去や未来を写す現象と同じ事が現れ始めました。


 しかし、この鏡は今までの鏡とは根本的に違うものだった様で、私とノヴァさんは見知らぬ荒野で立ち尽くしていました。


「あれ?何処ですか?」


「……まさか、この場所は……」


 周囲を見渡す私と違って、ノヴァさんは遠くの一点を見つめています。


「此処が何処か分かるんですか?」


 私が質問をノヴァさんに投げかけるのとほぼ同時、その異様な光景は鮮明に私の目にも映って来ました。


 両手を後ろで拘束された女性が沢山、ざっと数百人は超えています。


 彼女たちは迷彩服を着た怖い人たちにその場で頭を突き出すような形でひざまづかせられると、銃で一人ひとりの頭を撃ち抜かれ始めたのです。


 ――バァン。バァン。バァン。


 リズムに乗って撃ってるかとさえ思う程、軽快に女性の頭を撃ち抜いて行く迷彩服の男。その表情は楽しそうに笑っていたのですが、その眼の奥には明確な恨みに似た憎悪を感じ取れました。


 頭を撃ち抜かれた女性は、脳漿と血と、頭蓋骨の破片の様な物を撒き散らしながら、お尻を突き出して力無く倒れていきます。そんな彼女たちのお尻を全力で蹴っ飛ばしたり踏みつけたり、ある意味銃で撃ってる人よりもタチの悪い事をする他の迷彩服の人も現れ始めました。


「何ですか……これ。無抵抗の女性を笑いながら殺すなんて……」


「…………」


「それに……どうして死んでしまった人を蹴ってるんですか?。信じられないです……」


「…………」


 私の問いに一切答える事の無かったノヴァさんは、初めて見る怒りの表情で、その惨劇を見ていました。


 そんな時でした。一人の赤髪の女性が、急に私たちに気付いて顔を上げてきたのです。ユナさんと見間違うほど似た彼女は、私たちに微笑むと「さようなら」と泣きながら言ってきたのです。


「――っ!!」


「えっ!?」


 私が驚いている間にも、次々と女性たちは殺されていき、遂に彼女の頭部に銃身が当てがわれました。その時です。


「「止めろッ!!」」


「ノヴァさん!?」


 女性に銃を突き付ける迷彩服の男に向かって、ノヴァさんと迷彩服を着た小さいノヴァさん、二人が銃を乱射しながら迷彩服の男を撃ち殺したのです。


 しかし小さいノヴァさんは同じ位の年齢の迷彩服を着た少年少女に行く手を阻まれると、彼等の武器を突き刺されて動きを止めました。


 そしてそんな小さいノヴァさんに、他の迷彩服を着た男たちが銃弾の嵐を浴びせ始めます。既に死んでいても不思議では無い量を遥かに超えた物量で、小さいノヴァさんは体中に穴を開けて、遂に倒れてしまいました。


 かくいう今のノヴァさんは、銃を乱射した後に、私が彼の体に抱き着いて、向こうへ行くのを止めていました。彼を向こうに行かせてはいけない……私の本能に近い何かがそう囁いたのです。


「エル!!」


「行っちゃ駄目です!!これは鏡の中なんです!!今向こうに行っても……彼女は助けられないんです!!ノヴァさんなら分かってる筈でしょう!!」


「だとしても……彼女だけは殺させたくない!!もう二度と死ぬ姿は見たくない!!」


「この……分からず屋の頑固者!!」


 私はノヴァさんの服を引っ張って無理矢理私の方へ振り向かせると、両腕で彼の顔を固定して、唇を押し付けました。


 私の事だけ見て欲しい。過去は捨てられなくても……今を生きる私を最優先で見て欲しい。そんな、ほぼ我欲だけで、私はノヴァさんにキスをしたのでした。


 さっきのノヴァさんの反応的に、彼女は結局殺される……そう悟った私は、彼の耳を塞ぐように腕を回し、彼女の方を見ました。


「ごめんね……ありがとう。お嬢さん」


 ……彼女は確かにそう言って、頭を別の男に撃ち抜かれて死んでしまいました。


 私の事……彼女は間違い無く見えていました。これは過去や未来を映す鏡なんじゃないんですか?。


 そんな事を考えてると、不意に私の体が浮いて、ノヴァさんから離されてしまいました。


「全く……やり方が強引だな」


「す、すいません……。とっさに思いついたのが、あの行動だったんで……。でも!!過去じゃ無くて今を生きる私を見て欲しいんです。何なら私だけ見て欲しいとさえ思ってます」


「あぁ……確かにそういう気持ちはエルから感じた。所で……最後に彼女、何か言って無かったか?過去では何も言わずに殺されたんだが……」


「……いえ?何も言ってませんでしたが?」


「……そうか」


 そんな話をしていると、私たちは再びまばゆい光に包まれ、気が付くと元の場所に戻ってきていました。


 エレナさんたちが驚いていないのを見るに、今のは一瞬の間に起こった出来事みたいですね。


「さて、何か疲れちゃったし、そろそろこの国からお暇しましょうか」


「もう良いのですか?」


「えぇ。満足です」


 私はそう言うと、皆と共に合わせ鏡の国を後にするのでした。


 ……さっきのノヴァさんの過去、皆が迷彩服を着ていた所を見るに、彼等は軍人……今でいう所の騎士に当たる、国ぐるみの組織なんでしょう。そしてユナさんに似た女性……私の推測ですが、これはノヴァさんが体験した、魔女との戦争。その終幕の風景だったんじゃないでしょうか。


 気になりはしますが、私はノヴァさんにその事を聞いたりはしないでしょう。


 昔を思い出して、その頃の記憶に浸って欲しくないからです。


 私を……私だけを、見て欲しいからです。


 ズルいかもしれませんが、それが恋する女の戦い方……なのかもしれないですね。


「エル?どうしたんだ?」


「置いてっちゃうよー」


「私達はエルシアの旅の同行者なのですから、置いて行く事は出来ないですよ。シャディ」


「すいません、考え事してました」


 私は皆の元に走って行きました。


 そして、特に行き先も決めずに、とりあえず南に向かって進み続けるのでした。


 南の最果てまでもう少しです、最果ての先がどうなってしまってるのか気になりますが、ちょっと見るのが怖いですね……。


 そんな事を感じながら、私たちの旅は続くのでした……。

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