長山くんは変態。

傘井かだ

第1話

成瀬咲希(なるせさき)はこの春、晴れて高校生となった。家からはそこまで近くはないが、第1志望の学校に無事通うことができるので、新しい生活を楽しみにしていた。

「隣の諒くんも同じ学校なんだから、初日ぐらい一緒に行ったら?」

咲希の母親が言う。諒くん、長山諒(ながやまりょう)は、咲希の幼馴染みだ。家が隣で、物心着いた時から一緒に遊んでいた記憶がある。ただ、小学校卒業以来あちらが中学受験をして別の中学に通い始めてからあまり関わりがない。

「諒くんと長いこと話してないし一緒にいても気まずいだけじゃないの」

咲希はそう反論した。入学式前日、この日まで仲のいい親同士でしか連絡もしていない。同性ならまだしも、異性とは話しにくいのが目に見えている。

「でもせっかくイケメンに育ってるし、諒くんも一緒に行きたいって」

母がスマホを片手に嬉しそうに言う。親同士で勝手に話がまとまっている様だった。ふうんとだけ返事して、咲希は自室に戻った。


次の日。咲希は新しい制服を身にまとい、肩下まである髪の寝癖を精一杯伸ばして家を出た。玄関先に、長山諒が立っていた。彼が一緒に登校したいというのは本当にだったのだろうか。高校生になった諒は、身長が伸びていつの間にか咲希より大きくなっていた。少しだけ長めの黒い髪に、整った顔立ちが隠れている。昔と変わらず顔面偏差値が高いなと、咲希は変に感心した。

「おはよう咲希ちゃん」

声変わりして低くなったその声に咲希は一瞬戸惑う。姿は近所で見かけても会話を交わすことはなかったので、背格好の変化よりも時の流れを感じた。

「おはよう」

どんなテンションで話せば良いのか分からず、咲希は白々しい挨拶を返す。

「その声で咲希ちゃんとか言われると、違和感がすごいんだけど」

そう言いながら諒の顔を覗く。諒の顔は真っ赤だった。目線も頑なに合わせようとしない。

「え、諒く、大丈夫?」

「大丈夫…大丈夫!!」

諒は慌てて両手で顔を覆う。その動作が女の子のようで、懐かしくなって咲希は少し笑う。

久しぶりの再会が恥ずかしいのか、初日から熱があるのか分からないが、咲希は話を進めることにした。

「とりあえず行こうか」


道中、咲希と諒は関わりがなかった中学生時代の話をしていた。諒の緊張も解けたようで自然に会話は繋がったが、目線が合わないよう避けられている気がした。

「その、咲希ちゃん呼びどうにかならないかな?」

列車に揺られながら咲希は改めて尋ねる。

「しょうがないじゃん、ずっとそう呼んでたから今更直せと言われても」

「でも学校でそうやって呼ばれるの諒くんも恥ずかしくない?」

「そう言っておきながら咲希ちゃんも諒くんって呼んでるじゃん!!」

図星をつかれて咲希は口を噤む。どこか満足気な表情で窓の向こうを眺めながら諒は続けて言う。

「それに俺は諒くんって呼ばれても構わないけど。むしろ呼んで欲しい」

「え、気持ち悪い」

咲希のその言葉に、諒は目つきを鋭くしてこちらを見る。

「俺は絶対に咲希ちゃんって呼び続けるから」

「はいはい」





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