ss置き場

蜂矢 澪音

SF タマキキサラギの目覚め

 まだこんな場所があったのか。

 荒涼とした空気の中、廃墟と化したビルの立ち並ぶ街並みを抜けて、僕はなぜか、そんなことを思った。

 それはたぶん、ロボットたちがいたから。

 ささやかな駆動音を周囲に撒き散らしながら、清掃用ロボットが箒を一生懸命に動かしていた。管理するものもおらず、その数体のロボットは、キャパシティが足りずに自身からこぼれ落ちたゴミをぐるぐるといつまでも回収して回っている。

 前時代の名残を感じさせるこの場所も、きっといつか、静寂と退廃に包まれてしまうのだろう。

「……まあ、いいか」

 ただの、掃除用ロボットだ。そう思って、腰に佩いた刀(正確には刀を模した光線だが)に添えていた手を離す。

「…………ん?」

 目の前のビルにある、微かな違和感。刀に手を添えて、前進。健気なロボットたちを避ける。地面にできたサーキットのようなゴミの列も。

 そうしてやってきた、ビルの正面玄関。その奥に安置された何か石でできた大きな箱のようなものがあった。ああ、わかった、違和感の正体。綺麗すぎるのだ。

 扉に手をかける。開かない。

 管理局権限でパネルを呼び出すと、errorと表示された。

「ふむ」

 顎をさする。無論、何かいいアイデアが浮かんでくるわけではない。ないが、まあ、なんとなくだ。

 最終手段だ。刀を起動させて抜くと、自分が入れる程度にガラスを切る。おそらく強化されているはずのガラスも所詮この刀の前にはヴェールのようなものだ。

 ヴィ、ヴィ、と鳴り響くサイレンの音。そして、湧き出るロボットたち。

「なるほどね。一筋縄では行かないわけか。いいよ、君たちの相手、してあげよう。武装変更:銃形態」

 ボタンを押しながら音声認証を行う。待ってくれるだけの気概はあるようだ。ロボットにそんなものはない? いいや、あった方が楽しい。そうだろ?

 知らず口角が上がるのを感じていた。うん、楽しいさ。

 連写性能の高いこの光線銃は金属に穴を開けられる程度の威力はある。つまり、ロボットもこれで駆逐できる。

 ピシュピシュ、となんとも言い難い音を鳴らしながら光の線が打ち出される。その度に恐らくRN社2168年製の警備用ロボットの装甲が削れていく。

 ……このままじゃあジリ貧か。

 こういうのは命の危険と隣り合わせの方が楽しいんだけどなぁ、なんて舐めたことを思いながらコートの内側から出したコントローラーを起動させる。

 2159年以降に作られたロボットはボタン一つで強制的に停止させられるプログラムが組まれているのだ。ロボットを使った犯罪を防ぐために。

 背後の掃除用ロボットたちを少し気の毒に思った。

「さて、片付いたね」

 範囲内のロボットの動きが止まったことを確認して、気になっていた奥の箱の方へ行く。ビル全体は言うまでもなく新しいが、この箱――いや、形状的に棺か――はむしろかなり古いもののように思う。

 それがまたこの場所の不自然さというか不気味さというか、そんな雰囲気を際立たせていた。

「しかしなんだってこんな場所に……」

 棺に手を伸ばす。触れるまで、あと三、二、――ガコン、という音がした。今まで石製の棺に見えていたものは、コールドスリープ用のカプセルに変わり、警備用ロボットだと思っていたのはただの掃除用ロボットだった。

「一体全体なんなんだここは……!?」

《承認。タマキ キサラギ の仮死状態を解除。……成功しました。90秒後に タマキ キサラギ は起床します。――それでは、良い未来を》

 聞き入ってしまった自分が悪い。そう思いながら90秒を今か今かと待つ。カプセルの薄い水色が僕の脳内を埋め尽くしていた。

 そして、カプセルに薄い切れ目が入り――開いたその中には、少女がこちらを見ていた。

 嗚呼、神よ。

 この時代に生まれて、初めて感謝を示そう。

 絶世の美少女というに、彼女ほどふさわしい人はいないだろう。それまで抱いていた疑心はすべて放り出されていた。僕の瞳は彼女しか映していない。

 黒く長い艶のある髪、陶器のように滑らかな肌、薄く可愛らしい口、すっと通った鼻梁、そして何より、つり目ぎみの大きな瞳。あんまり綺麗で、目頭が熱くなった。



https://shindanmaker.com/804548

蜂矢澪音のお話は

「まだこんな場所があったのか」で始まり「あんまり綺麗で、目頭が熱くなった」で終わります。

#こんなお話いかがですか

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