第3話 重ねる一輪花
この公園には、薔薇が咲いているのです。
綺麗な薔薇には棘がある、そんな言葉があるくらい薔薇は美しくも危険、時として触れるものを傷つけたりもします。
そんな花を見つめる1人の老人が居ますね。
黒のハットから見える白髪の髪の毛は、綺麗に整えられた、口元にも同じ白さの髭が生え揃い、黒縁のその眼鏡の目元は何処か遠くを見つめているような、そんな表情。
長年連れ添った妻は丁度2年前に先立ち、生前、妻との散歩コースだったこの公園には、いつもと同じ時間に訪れているのだった。
散歩コースであり、2人のデートコースでもある思い出の場所。
そんな妻が好きだった薔薇の花。
育てるのが難しく、けれど咲けば美しい花が実り、初めてその芽が花を探した時は妻は大喜びしたのを今でも思い出す。
沢山の色の薔薇がある中で妻は、赤色の薔薇がお気に入りだった。
そんな薔薇の様に美しく情熱的な妻だった。
喧嘩をすれば、沢山の物が飛んでき、大泣きをして、それに何度も困ってしまったのを思い出す。
そんな騒がしい妻が居なくなると寂しい物で、今までの世界が嘘の様に静寂な時間が訪れる。
同じ時間が、何倍にも遅くなり、私だけ取り残されている様な感覚になります。
今年で70迎える私、妻は私よりも7つも歳上の姉さん女房。
出会いは、多忙な仕事に追われ周りは結婚したり子供が産まれたりと幸せな日々を過ごしている中、私はその波に乗る事ができずに、家と会社の往復を繰り返している時、そんな私と同じく取り憑かれた様に仕事をする会社の上司が私の妻
そんな妻は、周りから恐れられるほど厳しく仕事に対して真面目に本気で取り組んでいました。
いつしか、そんな姿に惹かれて恋に落ちてしまいました。
何度も繰り返し食事に誘い私は意を決して伝えました。
1本の薔薇を差し出して
「私は貴方に惹かれています。結婚してくれませんか?」
勇気を出して伝えた言葉に
「私を手に入れたいなら私より稼ぎなさい、そして1本の薔薇で落とせる女じゃない」
そう言われたのを今でも覚えています。
それから、その言葉を胸に何かある度に薔薇を渡しながら日々を過ごしていました。
部署が離れ、会えない時間が多くなりながらも仕事をし、遂に昇進が決まりました。
報告する為に薔薇を買いに行き、待ち合わせのレストランに向かいます。
食事をして、昇進を伝えた薔薇を渡しました。
「何本目の薔薇か覚えてる?」
そんな風に言われるのです。
「わかりません」
私は、ある意味、意地で渡していた部分もあったのでこれが何本目かなんて覚えている訳もなかったのです。
「100本になったのよ、これで。知ってる?薔薇100の花言葉」
「いや、わからない」
「真実の愛よ、本当はもっとはやく諦めると思ってたけれど、あなたはそうじゃなかったのね」
そんな事を言うのです。
そして
「次、会う時が薔薇は最後でいいわよ」
と妻は言いました。
そして、101本目の薔薇を渡した時に私は妻と夫婦になれました。
妻は、その日のうちに仕事を辞めて家庭に入りました。
会社では、大騒ぎになったのを今でも覚えています。
あの仕事の虫だった、妻が仕事を辞めて家庭に入ると言うのだから騒ぐのも仕方のない事だったのでしょう。
そんな妻も大往生の時は静かな物でした。
散ってゆく、花びらの様に静かにその人生に幕を下ろしたのでした。
そんな妻が大好きだった薔薇を4本抱えて
私は1人この道を、思い出の場所を巡る
もう居ない妻を隣に感じながら、妻の歩く速度で、妻のペースでこのデートコースを進んでいく。
触れて怪我をする事があっても、その痛みがまた妻を思い出させてくれるから、妻の好きな薔薇を想って、そして私の好きな薔薇を想いながらーーーーーーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます