番外編
番外編① 御手洗から見た帝
「おまえがおれのしつじか。ちゃんとはたらかなきゃ、おとうさまにいってくびにしてもらうからな。せいぜいおれのためにはたらけ」
何だ、このクソガキは。
これが私の、一之宮帝に初めて会った時に抱いた感想だった。
私の家は大企業であるのだが、少し変わったことを跡継ぎにさせる。
当主になるための勉強の一つとして、とある家に執事として仕えさせるのだ。
名目は執事だが、ほとんどはその家の当主の仕事のサポートである。
確かに視野を広げる目的で、他の人物の仕事を間近で見られることはいい経験になると思う。
しかし名目上もあり執事の仕事もするので、今日は仕える対象に会いに来た。
私を引き受ける先は決まっている。
というか、そこ以外には無い。
一之宮家。
私の家と古くから付き合いがあるのだが、面倒なことが起こらないように繋がりを表向きでは公表していない。
だから傘下である御手洗家の名前を借りて、執事になるのが昔からの決まりだった。
別に当主になりたいと思っているわけではないが、私以外に適任がいない。
無能に任せるぐらいだったら自分でやる。そのぐらいの気持ちだ。
そのため乗り気でなくても、行くしかなかった。
どうして、そこまで乗り気ではないのか。
それは、執事としてやらなくてはいけない仕事のせいだ。
「子守りって……私には無理だ」
その仕事は、本来は無かったものだった。
しかし当主には子供が2人いて、そして長男の面倒を見ることになってしまった。
まだどちらも幼いのだが、どちらかというと次男の方にかかりきりになってしまうので、普段の生活のサポートと勉強を見てほしいと頼まれてしまえば断れない。
乗り気でないまま会いに来て、簡単な自己紹介を終えて言われたのが、最初のセリフ。
しばらく付き合うので、愛想よく対応したつもりだ。
面倒なことには巻き込まれたくないし、当たり障りなく関わっていく予定だった。
しかし思っていたよりも、その子供は良い性格をしていた。
まだ4歳の子供であるのに、すでに自分の立場を理解しているらしい。
周りに気を遣われ、敬われ、特別な人間だと分かった。
そして自分は誰よりも偉いのだと勘違いし、性格がひん曲がってしまったのだ。
たぶん子供だから、私のことについて詳しい説明がされていないのだろう。
新しい執事としか言われていないから、こんな生意気な態度をとれる。
今までこんな態度をとられたことが無いので、逆に新鮮だ。
1人じゃ何も出来ないくせに、周りに敵を作っている。
このままじゃ生きづらい人生を送りそうだ。
どうせここで世話になるのは、3年と期限が決まっていた。
その間、このクソガキの性根を叩きなおすのもいいかもしれない。
「なんだおまえ。へんなやつだな」
決めた。
絶対に矯正する。
小生意気な子供に、作っていた仮面が外れかけたが、何とか戻した。
「……お坊ちゃま。これから、よろしくお願いいたします」
「ふん」
少し顔が引きつってしまったが、鼻を鳴らされた。
……本当に、どうしてくれようか。
クソガキ、もとい帝付きの執事という肩書になってから、約1年が経った。
私の調教の甲斐が無く、相変わらず性格の悪さは変わっていない。
しかし悪いのは、私でも本人のせいだけでもない。
取り囲む周囲の関係も、原因の一つであった。
当主である父親には放置され、たまに顔を合わせても厳しいことばかりかけられている。
そしてそれを憂いて、母親が甘やかす。
別にそれ自体が悪いとは言わないが、やり方が完全に間違っていた。
甘やかすときに、弟である正嗣君も一緒の場に置いていたのだ。
どう考えてもありえない。
弟がいる場で完全に甘えられるわけが無いし、あろうことかその時に弟のことも甘やかしていた。
どちらも平等にという考えなのだろうけど、そのせいで帝はどんどん卑屈になっていった。
弟がいるから自分だけを見てもらえない。
弟の存在は邪魔。
そう思ってしまっても仕方が無かった。
この状況に何度か忠告をしようかと思ったが、人の家庭の事情に口を出すべきじゃない。
だから当人達で解決してくれと、見守る方向でいた。
それが間違っていたと気が付いた時には、すでに遅かった。
「……奥様がですか……」
その知らせは、私にとっても受ける衝撃は大きかった。
奥様が、正嗣君と出かけていた先で、事故に遭い亡くなってしまった。
このことを聞いて、私の頭に真っ先に浮かんだのは帝の顔。
やり方は間違っていたとしても、帝にとって母親の存在は大切だった。
もしかしたら正嗣君のせいで亡くなってしまったと、そんなお門違いの恨みを抱いてしまうかもしれない。
奥様の死を当主から聞いて、帝が意識を失ったという知らせを受け、その心配は現実のものになると思った。
しかしそれは現実のものにはならなかった。
最初は信じられなかったが、母親の死をきっかけに前世の記憶を思い出したとのことだった。
それでも今までのクソガキ具合が全く無くなり、この年齢で知らないはずの世間の話を知っているのを見て、信じざるを得なかった。
これは面白いことになりそうだ。
こんな事態になって、私は変わってしまった帝に興味を抱いた。
傍にい続ければ、面白いものを見られそうだし、これ以上とない経験が出来るはず。
家に掛け合って、3年という期間をもっと延ばしてもらおう。
この時の私は、ただの興味だけで帝の傍にいることを決めた。
「……それがこんなことになるんですからね。人生とは分からないものです」
一之宮家の仕事を任されるようになった帝のために紅茶を淹れながら、昔のことを思い出し笑ってしまう。
「どうした? 珍しく笑って」
書類を見ていた帝は、顔を上げてこちらを見てくる。
「いえ、昔のことを思い出して、つい笑ってしまいました」
「昔のことって?」
「帝様が随分と小生意気で可愛らしかった時のことですよ。今も可愛いですけどね」
思えば、あの時も可愛かった。
本来の私であれば嫌いだと思ったら子供でも容赦していなかったはずなので、あの時から気に入っていたのだろう。
一之宮帝という人間に、最初から私は惹かれる運命だったのだ。
「昔は可愛かったかもしれないけど、今は絶対に可愛くないだろう。御手洗の目は節穴か?」
色々な人を魅了しているのに、本人には全く自覚が無い。
成長して身長が同じぐらいになっても、帝は凛々しさの中に美しさと可愛らしさを持ち合わせていた。
前世の記憶で自分が破滅する運命だと怖がっていたせいで、今でも自己評価が低いのだ。
アピールをしているのにかわされてしまっている人々の顔を思い出し、何とも言えない気持ちになる。
「帝様のことを愛していますからね。可愛く見えても仕方が無いでしょう」
「なっ、あっ!?」
かくいう私も人のことを言えないのだが、今のところ一番一緒にいるのだからチャンスは誰よりもあるだろう。
愛しているという言葉に対し、顔を真っ赤にさせて慌てだす姿に、まだまだ長い戦いになりそうだと自然と口角が上がった。
それでも、あきらめるつもりは全く無い。
狙った獲物は逃さない主義なのだ。
「これから覚悟してくださいね」
いつも支えているのだから、これぐらいの役得は許してほしい。
額に軽くキスをすると、キャパオーバーになったのか、真っ赤なまま意識を飛ばした。
……本当に長い戦いになりそうだ。
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