153:転入生、話をしましょうか




 重みを感じながら、理事長室にたどり着けば、扉の向こうで揉めている声がかすかに聞こえてくる。

 全ての部屋に防音の仕様がなされているはずだから、とてつもなく大きな声で争っているようだ。


「まあ、転入生だろうな」


 そのうちの1人は絶対に転入生なので、もう一方の人物が問題である。

 これが神楽坂さんだとしたら、あの古狸に近い性格だけど、表面上は穏やかな人が怒っているわけだ。

 それはとてつもなく珍しい、というか想像出来ない。


 言い争いが終わるまでは、待っていた方がいいか。

 俺だけなら扉で待っていただろうけど、今は素直に待ちそうにない人ばかりなので無理だ。


「一応聞くが、待つ気は……無いな」


 確認はしたから、俺だけのせいじゃない。

 そう言い訳をして、扉をノックする。


 その瞬間、言い争う声がピタリと止んだ。

 数秒後、恐る恐ると言った感じで、扉が向こう側から開く。


「今は忙しいから後にしてくれ……って帝君!?」


 顔をのぞかせたのは神楽坂さんで、初めはすげなく追い返そうとしていたけど、俺の顔を見た途端、目を見開いて驚いた。


「あー、えっと、無断で外泊して、すみませんでした?」


 とりあえずは、まずそこを謝らなくてはと、首を傾げて謝罪をすると、こちらに近づいてこようとする。

 でもその前に、別の人間が弾丸のように部屋から飛び出してきた。


「帝! どこに行ってたんだよ!」


 それは転入生で、演技も変装もしていない。

 ふわふわの天使のような金髪と、青い瞳。容姿だけ見れば可愛らしいし、学園でも人気が出るはずだ。

 でも本人は変装していないことを特に気にせず、関係ないとばかりに、耳が痛くなるぐらい大きな声を出しながら、俺に一直線に向かってくる。


 そのまま飛びついてきそうになったけど、体が触れる前に、俺の周りにいる人達によって地に沈められた。


「ぐっ! 何するんだよ!?」


 地面にへばりつきながらも文句を言う様子は、死にかけのセミのようだ。

 つまりは大迷惑。


 俺がなんとも言えない気持ちで、暴れる転入生を見ていると、服の裾を引っ張られた。


「ん、どうした? って、桐生院先生? なんでここにいるんだ?」


 朝陽や夕陽だと思っていたので、視線を向けた先にいた人物に驚いてしまう。

 神楽坂さんと転入生だけだと予想していたが、どうやら桐生院先生もいたようだ。


「あー。色々あってな」


 頭をかきながら言う姿は疲れているし、くたびれている。

 それは、転入生を相手にしていたせいだろうか。


「大丈夫か? クマが酷い」


 クマが出来るほど、何があったのだろう。

 俺がそっと目元に触れると、途端にうつむいてプルプルと震え出す。

 さすがに不用意に触れてしまったか、慌てて手を離そうとしたが、逆に腕を掴まれてしまった。


 痛くはないが、外れないぐらいは力が強い。


「…………った」


「なんだ?」


 桐生院先生は、俯いたまま何かを呟く。

 でも声があまりにも小さすぎて、俺は聞き返す。


 その瞬間、ばっと顔を上げて、涙目で叫んだ。


「俺も、俺も、帝と旅館に泊まりたかった!」


 叫びを聞いた俺は、意味を理解し返事をする。


「……は?」


 たった一文字しか言えなかったのは、どうして今この話が出てきたのかが分からなかったからだ。


 何故、旅館に泊まったことを、桐生院先生が知っているのか。

 一緒に泊まりたかったというのは、教職者として言っていい言葉なのか。

 というか俺が旅館に泊まったという話が出た途端、全員から怒気を感じたのは、どういうことなのか。


 未だに掴まれた腕が、俺を絶対に逃がさないと示していた。


「兄さん。旅館に泊まったのって、もしかして御手洗さんと? いや、絶対に御手洗さんとだよね」


 目ざとい弟の言葉で、誰と一緒に行ったのかさえもバレてしまった。


「そうだ。彰と一緒に行ったんだよ。あいつ、自慢するために、俺に写真を送ってきたんだ」


 桐生院先生はスマホを取り出し、そしてみんなに見せてくる。

 そこには、旅館の周りを散歩している最中の、俺の姿があった。


「羨ましすぎるだろ! いくらなんでも泊りなんて! 俺も一緒に行きたかった! 何で連れて行ってくれなかったんだ!?」


「いや、だって。御手洗しか味方がいないと思ったから……あ」


 この言葉は、絶対に今言うべきではなかった。

 慌てて口をふさいだが、すでに手遅れだった。


「に、いさん。ごめんなさい。そんなに追い詰めていたなんて。ごめんなさい」


 せっかくなだめたところだったのに、またどんよりとした雰囲気に戻ってしまう。

 俺はなだめるのを諦めて、転入生の方に意識を向けた。


「帝。御手洗っていうのは、帝の執事だよね。どうして、一緒に旅館に泊まったの? ねえ、どうして?」


「ひ」


 転入生は床に押し付けられながら、ハイライトの消えた瞳で俺をまっすぐに見据えていた。

 その表情に、俺は思わず悲鳴を上げてしまう。


 完全に嫉妬に狂っている。

 これで落ち着いて話をすることなんて、到底出来ないのではないか。


 俺は決心がしぼんでくのを感じながら、それでも決して目をそらすことはしない。

 ここで逃げたら、御手洗に元気をもらった意味が無くなってしまう。



 きちんと、話をしなくては。


「……転入生、少し話がある。いいな」


「帝から話をしてくれるなんて。あはは、嬉しいな。話するする。楽しい話をしよう。あはは」


 また気持ちがしぼんでしまいそうになるが、俺は御手洗のことを思い出して、何とか気持ちを奮い立たせた。




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