54:これは話し合いです



「それで? 君達は、こんなところで何をしているのかな? 今は授業中だよ?」


 自分のことは棚に上げて、俺は尋ねる。


「……こ、これは」


 普通のことを聞いただけなのに、怯えてきちんと説明してくれない。

 怖い顔をしている自覚はあるけど、結局は同い年なのだから、そこまで怖がるものじゃないと思うんだけど。


「そういえば、俺の名前を言っていたみたいだけど、何の話をしていたのかな?」


「そ、それは……」


「えっと……」


 3人もいるのに、誰もきちんと説明ができない。


「中に誰かいるの?」


「まっ……!」


 俺の気は長い方じゃないから、説明の手間を省いてあげようと、体育倉庫の中を覗き込んだ。

 一瞬止められかけたけど、視線を向ければ大人しくなった。


「……あれ、伊佐木。そこにいたの」


 中に誰がいるか知っていたのは隠して、俺は初めて気がついたかのような顔をする。

 先程見た時は、体育座りして顔が俯いていた伊佐木だったけど、今は顔を上げていた。


 目が合い、一瞬開かれるが、すぐにそらされてしまう。

 俺が巻き起こしたことなのに、胸がちくりと痛んだ。


「それで、もう一度聞くけど、君達はこんなところで何をしているのかな?」


 それを今は気が付かないふりをして、逃げようとしていた3人を見る。

 あからさまに肩がはねた3人は、引きつった笑みを浮かべた。


「い、いや別にですね。体育倉庫が開いていたので、誰かいるのかと見てみたら、伊佐木君がいたんで、何をしているのか聞いていたんですよ」


「そうですそうです」


「こんな所に一人でいるのは、おかしいじゃないですか」


 口裏を合わせるように、嫌な顔をしながら、お互いの顔を見て話をする。

 その内容は、どう考えても穴だらけなのだが、まさか気がついていないのだろうか。


「俺にふさわしくないとか、そんな言葉が聞こえたけど?」


「そ、それはっ」


 だから俺が少しつつけば、簡単にうろたえる。

 こんな低俗な人達が、同じ学校にいるなんて。

 閉じ込められ事件の時の犯人もそうだけど、呆れてしまう。


 俺は何も言えない3人に、畳み掛けるように口にする。


「どう考えても、良くない話をしていたよね。伊佐木が俺の友達だと知っていて、あんなことを言っていたの?」


 顔が真っ青になっているが、口は止めない。


「そそそそれは」


「俺にふさわしくないって、何で君達が決めるのかな。俺の友達は俺が決めるし、他人に色々と言われる筋合いはないんだけど」


 今の俺は完全に怒っているから、優しさなんて絶対に見せない。


「なあ、もう一度聞こうか。お前達は、ここで、俺の友達に、何をしていたんだ?」


 可哀想なぐらいに震え出すが、今更遅かった。

 一区切り一区切り、はっきりと馬鹿にでも分かるように、俺は言い放つ。

 ガタガタと震えている3人は、それでも口を開いた。

 変なところで、ガッツのある人達だ。


「で、でも」


「何だ?」


「そ、それじゃあなんで、そいつのことは名前で呼ばないんですか?」


「……は?」


 まさか、そんなことを言われるとは思わず、俺は表情を変えてしまった。

 それを見た3人の顔が、嫌なものへと再び戻る。


「じ、実は帝様も、友達だと本当は思ってないんじゃないですか?」


「そうですよ。まとわりつかれたから、仕方なく相手にしていただけでしょう?」


「帝様はお優しいから、友達になろうとされていましたけど。無理をなさらなくてもいいんですよ」


 何も言わないのをいいことに、好き勝手に言ってくるが、俺はすぐに反論ができなかった。

 名前を呼べないのは事実だ。

 それをつつかれたのは、とても痛かった。


「ち……が……」


 言葉が上手く出てこなくて、俺は視線をさまよわせる。


 そして、こちらを見ている伊佐木と目が合った。


「……あ……」


 その目は、俺を見ているようで全く見ていなかった。

 完全に諦めている。

 俺に対して諦めの感情を抱いているのが、見てとれてしまった。


 そういえば、この3人に色々と言われても、伊佐木は反論していなかった。

 前までは暗いキャラを演じていたから反論しなかったかもしれないけど、元の性格になった今は黙って言われているのはおかしいのことなのに。


 好き勝手に言われていたということは、伊佐木自身もそう思っていたからで。



 その事実に気がついた時、俺の視界が赤く染まった。



「名前で呼ぶのが友達? それなら何度だって呼んでやるさ。圭、圭、圭。俺の友達なんだ。だから圭をいじめたお前達を、俺は絶対に許さない! 分かったか!」


 怒りのままに叫ぶ。

 そして圭の元に駆け寄り、そのからだを抱きしめる。


「圭。ごめんな」


「……あ、な……で……」


 まるで子供のような、そんな表情で俺を見上げる圭に、頭を撫でて笑った。


「友達なんだから、名前で呼ぶのは当たり前だろう。圭」


 まだ経験していないトラウマなんて、どうでもいい。

 今目の前で人を傷つけるぐらいだったら、いくらでも名前ぐらい呼んでやる。


「……みかどくん」


 俺が名前を呼べば泣き出した圭に、もっと早く呼べばよかったと後悔する。

 でも、これからたくさん呼べばいいのだ。


「圭」


 俺はその気持ちを込めて、また名前を呼んだ。


「……ああ、そこのお前達」


 往生際の悪いことに、また逃げ出そうとしていた3人の存在には気づいていた。


「俺の友達にさんざん好き勝手に言ってくれたんだ。覚悟は出来ているんだろうな?」


 これからするのは、話し合いである。

 圭を傷つけたことを、後悔させるつもりだ。





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