23:遊園地で楽しいヒトトキを……




「うわあ! 大きい!」


 御手洗に連れてこられた遊園地。

 そのあまりの大きさに、俺は見た目年齢に合ったはしゃぎ方をする。


「すごいね。おにいちゃん!」


 弟も、俺と同じぐらい飛び跳ねてはしゃいでいる。



 ここは俺の家から、一番近い遊園地。

 そしてもちろん、俺の家が経営しているところだ。

 そうじゃなかったら、さすがに急に貸切できるわけが無い。

 あとはセキュリティの面でも、父親から許可を得るには、この遊園地が最適だったわけだ。


 遊園地を経営しているのに、何で今まで連れてきて貰えなかったのだと思うけど、あの父親だから無駄な時間だと切り捨てたのだろう。

 現実主義者の父親が、考えそうなことだ。

 俺と弟は、まだまだ子供なのに。



 考えが暗いほうに行きかけているので、俺は頭を振って、今のこの時間を純粋に楽しむことに決めた。


「正嗣、行こうか!」


 いくつになっても、遊園地にはテンションが上がるものだ。

 俺は弟の手を握り、入口まで走った。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 メリーゴーランド、コーヒーカップ、観覧車、ゴーカート、お化け屋敷、etc……


 貸切、ということは好きな時に好きなことが出来る。

 並ぶ時間が全くなく、俺と弟は全ての乗り物を制覇した。


 俺たちの年齢でも乗れる、子供だましのジェットコースターだって、体が小さいおかげでとても楽しかった。


「こんなに小さくても、色々と楽しめるものなんだなあ」


 ひととおり楽しんだので、今はベンチで休憩中。

 弟もはしゃぎすぎて、少し疲れたみたいで、ベンチに深く座っている。

 売店でジュースをもらい、俺は弟に渡した。


 オレンジが綺麗なジュースは、太陽の光を浴びて、キラキラと輝いている。


「おにいちゃん、ありがとう!」


 嬉しそうにジュースを受け取った弟は、喉が渇いていたようで勢いよく飲む。

 俺は隣に座って、水色のジュースを一口飲んだ。


 ソーダ味の微炭酸が、疲れた体にじんわりと染み込んでいく。

 甘すぎず、後味もスッキリ。

 とても好みの味で、俺はそのまま半分近く飲んでしまった。


「楽しまれておりますか?」


 今までずっと一緒に来てくれていた御手洗が、フランクフルトやサンドイッチなどの軽い食事を、テーブルと共に目の前に用意してくれる。

 それを食べて、さらに元気を回復した。


「うん! すっごい楽しい!」


「ぼくもぼくも!」


 まだ子供だから、乗れないアトラクションばかりで、楽しめないのではないかと不安になっていたけど、全くそんなことは無かった。

 ほとんど、というか全ての乗り物に乗れるなんて凄い。


「こんな規模が大きいところなのに、子供向けなんだね」


 どちらかというと大人向けのアトラクションを増やした方が、お客さんが沢山来そうなものだけど。

 あえて子供向けにしている、ということなのだろう。

 あの人の商才は素晴らしいので、あえてということか。


「そうですね。実は理由があると言ったら、お坊ちゃまはどうしますか?」


「理由? それって?」


「おにいちゃん! 今度はパレードを見に行こう!」


 含みを持った御手洗の言葉に、その理由を聞こうと思ったのだけど、弟が腕を引っ張って来たので会話から離脱するしか無かった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




 そこからさらに数時間、俺と弟は遊びに遊びまくった。

 アトラクションを何周もして、そして今は観覧車に乗って、外の景色を眺めていた。


「楽しかったね、正嗣」


「うん! 一緒に遊んでくれてありがとう!」


 最初は正嗣のお願いから始まったのだけど、俺の方が楽しんだかもしれない。

 久しぶりに子供らしいことをして、肩の力が抜けた。


 俺は薄暗くなってきて、明かりがつき始めた景色に、自然と顔がほころぶ。


「ありがとうね、正嗣」


「ん? どうしたの? おにいちゃん?」


「遊園地に連れてきてくれて」


「ぼくがあそびたかっただけだよ?」


 そうは言っているけど、俺を元気づけるために連れてきてくれたのだと、何となく察した。

 まだ小さい弟に気を遣ってもらうなんて、兄としては失格かもしれない。

 それでも今は、ありがたく受け取っておくことにした。


「ああ、お坊ちゃま。先程は話せなかったことを、お話しましょうか」


 そのまま景色を眺めていたら、唐突に御手洗が話しかけてくる。


「今?」


「ええ、早く話しておかないと、忘れてしまいそうなので」


「自分勝手だなあ……まあいいや。それで、どうしてこんな遊園地になったの?」


 もう少し景色を楽しんでいたかったけど、気まぐれな御手洗のことだから、今を逃すと次の機会が無い可能性が高い。

 俺は御手洗を見る。

 その表情の柔らかさに、たじろいてしまった。


「逆に何故、こういった形になったと思いますか?」


「えーっと、それは……子供向けにして、そういった人達のニーズに合わせるため?」


「お坊ちゃまは……まあ、でも勘違いさせるようなことばかりしてきたのも、原因であるか……」


 俺の答えに渋い顔をした御手洗が、絞り出すように口を開く。


「全て、帝お坊ちゃまと正嗣お坊ちゃまのためですよ」


「え? 俺達のため……?」


「ええ。旦那様は、お二人のために、この遊園地をお作りになりました」


「嘘だ……」


 あの人が、そんな良い父親みたいなことを考えるわけが無い。

 俺はその話が、全く信じられなかった。


「嘘ではございません。旦那様は、この遊園地のテーマを決めております。それは、成長していく遊園地です」


「成長していく遊園地……?」


「はい。この遊園地は、どんどん成長していきます。それは、あなた達二人の成長に合わせてです」


 規模が大きすぎて、俺には理解が出来ない。

 子供のために、成長する遊園地? なんだそれ。意味が分からない。


「旦那様は、お二人のことを、いつでも考えておられますよ」


 でも観覧車から眺めた景色に、俺はその事実を素直に信じる気分になった。


「そっか……そっか」


「おにいちゃん、ないているの? どこかいたいの?」


「ううん。凄く嬉しいんだよ」


 キラキラと輝く街、そしてアトラクションの数々。

 その全てに、父親の隠れた気持ちがこもっている。


 俺はこの景色を二度と忘れることのないように、しっかりと目に焼き付けた。




 家に帰ったら、父親に真っ先に言おう。


 ただいま。


 そしてありがとう、と。





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