とんぼのめがね は きみいろめがね

日々人

とんぼのめがね は きみいろめがね


一台の小型ロボットが部屋の片隅で羽を休めている。

時おり頭をころころと傾けては、今日もプログラム通りに『トンボ』を演じている。

 


 ー ー ー ー



昔、ボクが幼い頃のことだ。

おもちゃメーカーが子ども用に手掛けた昆虫ロボットが流行った時期があった。


「カブトムシ、クワガタ、トンボ、カマキリ、バッタ…」


飼育ケースに小型ロボットが一台パッケージされているのだが、手頃な価格ではないにも関わらず、手にしたものの中にどの昆虫が入っているかが分からないという難儀な商売方法が当時は社会問題にもなった。しかし、それでも何か月も入手が困難な人気商品だった。

子ども向けのおもちゃとしては必要以上に見た目がリアルで、動きも精巧。この完成度に、当時は大人が会社を休んで店先に列をつくった。


しかし、流行りというものはやがては廃れていくもの。

まわりの友だちが順に手に入れ終えた頃、やっと父親に買ってもらえそうになったのだが、その頃には犬や猫の本物と区別のつかないロボットが手のひらサイズのペットとして販売されはじめていた。大きな転換期を迎えたロボット製品は、いよいよ大人でも簡単には手が出せない嗜好品となってしまった。ほどなくして、昆虫に群がっていた多くの人達は姿を消してしまったのだった。



 ー ー ー ー



あの日は何を目的に、家電量販店へ買いものに行ったのかな。

でも、彼と一緒に店内をウロウロしていた時のことは覚えている。

見切り売りされている棚の前で彼が立ち止まり、照れくさそうにわたしの方へ小さなパッケージを差し出した。

それは「昆虫ロボット」だった。

無言で彼の顔を見つめ、次のアクションを待つ。

彼は箱を軽く揺すりながら小さく笑って『中身はきっとトンボ』だよと返した。


「そうなの?なんでわかるの?…そんなの要らないけど?」


普段はわたしが否定すると簡単に引き下がる彼が「面白いことを思いついたから」といってなぜかそれを放さなかった。支払いの時まで、ずっと手にもってわたしの後ろをついて回っていた。



彼とはそれから5年ほど一緒だった。

このまま繰り返しのような日々を送っていくのかな、それもいいよね、そうなの?…などという会話が時々あった。

二人で過ごした日々の中、色々な可能性が見つかっては広がっていった。

けれど、淡々とした一日の積み重ねが延々と続くことはない。錯覚だった。

わたしたちの未来は思い描くのは自由だったけれど、納得できるほどの時間は用意されていなかった。

思っていたよりもずっとずっと、短い。彼の生涯だった。





 ー ー ー ー



彼を残して、今日だけがこれまでと同じように訪れ、少しずつ、わたしを彼から遠ざけた。

彼はあまりモノを持つことに執着しない人だったから、遺品も集めてしまえば呆気にとられるほどに小さくまとまってしまって、写真や思い出の品なんてものも本当に僅かで、それが意外とわたしの中では心残りだった。

ただ、そんな中で一つだけ、確かに残ったものがある。

彼がある日、プレゼントしてくれた『トンボ』が今も傍に居てくれている。

彼は本当に腕が確かなエンジニアだったのだろう。


『トンボ』に手を加えて、ロボット自らがエネルギーを充電したり、空間を学習して飛べるように作り変えていた。

本来は虫かごの中で収まっていたはずのモノに彼が自由を与えたのだ。


あれから随分と時は流れたけれど、『トンボ』は相変わらずこの部屋で自由に飛び回っている。

彼がわたしの名前を呼んで近づき、少し笑みを浮かべながら、わたしの目の前で天井に向かってそっとロボットを放った。あの日から、ずっと。


 


 


 


 ー ー ー ー


 


 


…という妄想話でした。

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