「言葉というのは所詮、振動だ」
釈乃ひとみ
突然ですが明日、結婚することになりました。
突然ですが明日、結婚することになりました。
僕の名前は
強いて言うならば、アニメや漫画、ゲーム等のサブカルチャーが好きな所謂『オタク』というやつだ。
そんな僕だけど、好きな人がいる。
相手は小学校の時の同級生で―――初恋の相手だ。
初恋は実らないものというし、『恋』というものを理解するのは、当時の僕には難しかった。
勿論今なら理解できる、などと言うつもりはない。
まあ、それはさておき。
小学校を卒業する時、彼女との繋がりを失いたくなかった僕は勇気を出して彼女に声を掛けた。
「あっ、あの!僕と文通しませんか!?」
その時のことを思い出すと顔から火が出そうになる。
今時文通って何だよ。
彼女―――瑞樹《みずき》かなめは一瞬きょとん、とした顔をしたがすぐにくすりと笑い。
「いいよ」
と言ってくれた。
彼女は薄い茶色の髪をポニーテールで結んだ女の子で、勉強もスポーツも―――果てはピアノの演奏まで出来る僕とは正反対の子だった。
僕は小学校を卒業してからそのまま近所の公立中学校へ進み、そこからまた近所の公立高校へと進学したが、彼女は中学から他県にある私立の女子校―――所謂お嬢様学校へと進学した。
文通をしていると言ってもその内容は今日学校で何があったとか、給食の何とかが美味しかったとか。何の変哲もないことだ。
そんなやり取りを六年間程続けていたのだが、突然昨日、手紙が届いた。
内容は、たった一言。
『結婚しよっか』
短いその言葉の意味を理解するのに、数分は掛かった。
結婚?夫婦になるあの?どうして?なんで?
勿論嫌なわけがない。
むしろ妄想で『いつかはそうなれたらいいな』と思ったことはこの六年間で数えきれないほどあった。
但し、いざそれが現実の物となろうとするのを実感出来ない。
彼女は本当に僕で良いのだろうか。何かの冗談ではないか。
そんなことばかり考えていたが、手紙に同封されていた一枚の紙きれ―――婚姻届を見た時は心臓が止まるかと思った。
そこには『妻になる人』という欄に、彼女の筆跡で『瑞樹かなめ』と書かれていた。
僕は震える手を必死に抑え、何とか『夫になる人』の欄に―——『田中十字郎』と書いて。
『よろしくお願いします』
と短い手紙を添えて速達で再び彼女の元へ送り出した。
問題は心の準備が全く出来ていないこと。
実感が全くないこと。
そして何より―――僕の中の彼女―――瑞樹さんは。ずっと卒業式のあの時の姿のままだったこと。
僕は、彼女が今どんな姿なのかを、全く知らない。
彼女が帰省したという話を聞いたことは無かったし、僕の方から『会おう』と言う勇気がなかった。
所詮僕は日陰を生きる内気なオタク少年で、瑞樹さんは日の下が似合う明るい子だったから。
住む世界が違うと思っていた。
それが偶々どこかで重なって手紙という細い繋がりを得ていたのだと。
だから。
『結婚』という、法的にも力のある繋がりを持ちかけられるとは夢にも思わなかったのだ。
そんな―――お互いの記憶の姿が子供のまま『夫婦』になるなど―――予想だにしなかったのだ。
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