王子様シンドローム はぁとっ!

サヨナキドリ

SEXしないと出られない部屋

「ないと、ないと起きて——」

 暗闇の向こうから呼びかける声に意識が浮上する。ゆっくりと目を開くと、太陽を溶かしたような金髪が目に入った。大路杏里、親友で、バイト先のオーナー。後頭部に感じる温かさと柔らかさに、膝枕されていることに気づく。

(男相手にも王子様かよ……)

 まだ意識がはっきりしない頭を振りながら身体を起こす。

「アンリ、俺はどうして寝て…?」

 どうにも直前の記憶がはっきりしない。周囲を見まわしても、心当たりのない場所だ。白い壁、白い床。さほど広くはない、窓はない。物としては、ベッドだけが置かれている。

「僕も分からない。でも、ひとつだけわかることがある」

「それは?」

 杏里に訊ねる。

「ここがどこなのか、いや、ここが『何』なのかだよ」

 そう言って杏里は少し上の方を見上げた。俺は、その視線を辿る。杏里が見た方向にはドアがひとつあり、そしてそのドアの上には


『SEXしないと出られない部屋』と大書されていた。


「百合ヶ丘ァあああぁあ!!!!」

 絶叫する俺に杏里が不審の目を向ける。

「どうしてここで百合ヶ丘さんの名前が出てくるんだい?」

「どうしてもこうしても、この小説の登場人物で野朗同士をこんなとこに突っ込もうとするヤツはアイツ以外いねえだろ!!クソっ!スピンオフだからっていきなり無茶苦茶しやがって!」

 百合ヶ丘は高校の後輩で、杏里の店『お菓子屋さん えとわーる』の常連客だ。そして、俺と杏里にカップリングの可能性を見出している腐女子である。

「さて、と」

 叫びながらドアをガンガンする俺を横目に、杏里はズボンのベルトを外した。

「なんで脱ぐ!」

「なんでって、SEXしないと出られないんだろ?」

 さも当然のように杏里は言った。

「お前には躊躇ってもんはねえのか!!」

「僕はお店を開けなきゃいけないからね。さあ、内斗も脱いで」

「まて!落ち着け!パンツはまだ脱ぐなっ!」

 パンツのゴムに手をかけた杏里を制止して、俺は座り込んだ。

「はぁ……なんでよりにもよってお前となんだ……」

 力なく呟く。

「アオイとの方が良かった?」

 その言葉に、俺は一気に赤面する。その様子を見た杏里は笑って、俺の隣に座った。

「ねえ内斗。もし一緒に閉じ込められたのが僕じゃなくてアオイだったら、した?」

「……ああ、したさ。そりゃするさ、俺だって男だ」

「嘘だぁ。内斗は結構義理堅いからね。多分、しなくても出られる方法を探したと思うよ」

「ケッ」

 俺は頬杖をついて杏里から顔を背けた。

「僕もアオイと一緒が良かったけど、内斗なら次善かな。他の人、例えば大沢とかだったら、もっと悲惨だったと思う」

「それは?」

 笑いながらそう言う杏里に、俺は目を見開いた。

「……お前は、もっと自分を大事にしろ」

「……そうだね」

 杏里は、少し驚いたように目を見開いて、それから俯きながらいった。そして杏里は顔を上げる。

「よし!しようか!長々と話しちゃったね」

「お前、俺の話聞いてたか!?」

 反論するも、上から押さえつけるように両肩をつかまれて身動きが取れない。

「聞いてたよ。でも、僕内斗のことは結構好きだしね」

 そこまで言って杏里は何か考えるように上を見上げた。

「僕も内斗も葵の恋人だけど、この場合浮気になるんだろうか?」

 いや、そんなこと知ったことではない。

「まて!分かった、分かったから!」

 俺が制止し、杏里が首を傾げる。俺は何度か深呼吸して、意を決して言った。

「俺が挿れる。……童貞はアイツのために取っておいてやれ」

「……内斗は本当に優しいな」


 そしてベッドの上。目の前には四つん這いになった親友の尻。互いにパンイチ。

「じゃ、じゃあ下ろすぞ」

「うん……」

 心拍数が急上昇する。手が震える。俺は、杏里のパンツに手をかけ——

「先輩大丈夫ですか!!」

 ドアが外から開き、後輩の日向葵の姿が見えた。まるで走ってきたかのように息を切らしている。

「ぶはぁっ!!」

 その隣で百合ヶ丘が鼻血を出してぶっ倒れた。部屋の時間が止まる。

「……ご、ごゆっく——」

「待て!閉めるなありがとう助かった愛してるぞ葵!!」


「まさか。私があんな部屋を用意できるはずないですよ。一介の女子高生をなんだと思ってるんですか」

 百合ヶ丘は言った。2人は、店に俺たちが居ないことに気付いて方々を駆けずり回ってくれたらしい。

「そうか……じゃああの部屋はいったいなんだったんだ」

「スピンオフなんですし、それくらいのことは起きますよ。なんにせよ、先輩たちが無事でよかったです」

 葵がこともなげに言う。

「……次はお前と入りたいな」

「……内斗先輩のエッチ」

 葵が顔を赤くして俯く。その時、首の後ろに鋭い痛みが走った。

「いででででっ!!変なことつねるな杏里!」

「駄目ですよ黒木先輩。大路先輩という方がありながらそんなことを言うなんて」

「いや、お前のそれは間違ってるからな百合ヶ丘!?」

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王子様シンドローム はぁとっ! サヨナキドリ @sayonaki

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