第67話
「なんたることか!!」
別働隊の敗戦と壊滅の報を受け、王太子エドゥアルドのあげた怒声だ。
エドゥアルドにしてみれば、あり得ない惨敗。
「二万はいたというのに、それが壊滅などと・・・!!」
しかも別働隊は、敵が布陣している地の領主を主体としており、地の利は確実にあったはずなのだ。
それなのに何故・・・。
エドゥアルドの握り締めた拳から血の気が失せていく。
「勝てぬまでも、せめて牽制するくらいのことはしてもらいたかったものだな。」
フリードリヒ六世が、エドゥアルドの言葉を引き継ぐかのように呟く。
別働隊の壊滅というのは、それほどまでに大きな衝撃でもあった。
今回、参陣した貴族たちの中には、
「敵は我らの予想以上の力を持っているのではないか?」
という不安を募らせる者もいる。
「本当に勝てるのか?」
そう考える者もいる。
「陛下!」
そこに現れたのは、空軍たる有翼騎士団総司令マレット・ヴァン・イルヴェスだった。
「偵察より戻った者からの報告でございます。」
マレットからの報告によると、敵はかなり堅固な陣地を構築していること。
その戦力は
多くの現地領民が、その陣地に出入りしていること。
それらの報告を聞き、
「対空攻撃はなかったのか?」
最大の懸念材料を、フリードリヒ六世は確認する。
「散発的な攻撃はあったものの、照準も定まっておらず、シュウェリーンでの戦いのような精密な攻撃はなかったとのことでございます。」
さらに、この報告はシュウェリーンでの戦闘を経験したアルドという隊員がもたらしたものであることも付け加える。
「シュウェリーンでの戦いの経験者か。」
フリードリヒ六世は呟き、エドゥアルドが、
「その者の見解はどうであった?」
と問いかける。
エドゥアルドの問いかけ。
それは、敵が精密射撃ができるのは、例の巨艦からだけではないのかということだ。
「そのことでございますが、高度を三〇〇まで下げても当たる気配が無かったことから、可能性は高いと。」
対空攻撃はあったが、その精度は脅威とはとても言えるものではない、それが有翼騎士団総司令の判断である。
その判断を元に、来たる決戦に向けての作戦が練られる。
その作戦は、空軍による攻撃を繰り返することで敵を本陣に釘付けにし、本隊でもって強襲する。
単純だが効果的な作戦といえるかもしれない。
「全体としての先鋒は空軍として、地上軍の先鋒は誰にいたしますか?」
国王フリードリヒ六世の側近カルマンの発言に、マレットの柳眉がピクっと反応する。
わざわざ『全体としての先鋒』としたことに、自分たち空軍を軽んじる意識を嗅ぎ取ったからだ。
とはいえ、それを口にすることはしないだけの分別は持ち合わせている。
「先鋒は、パヴェル・ファン・カッラスに任せる。」
フリードリヒ六世の言葉に、どよめきが起こる。
「カッラス将軍を先鋒に?
それは侵略者には荷が重そうですな。」
「左様。
チーズを焼けた
王の判断を称賛する声が湧き上がるように出てくる。
そして、名を挙げられたカッラス将軍は、
「謹んでお受けいたします!!」
その
その熱気のまま、布陣は決定されていった。
ーーー
「姉上!!」
目を覚ましたハインリッヒが最初に見たのは、心配そうに自分を見ている姉アレクシアの顔だった。
「よかった。
目を覚さないかと思ってしまいました。」
その言葉が嘘ではないのは、姉の目を見ればわかる。瞳の端に涙の痕があるのだから。
「姉上、ここはいったい?」
リノウム張りの床に電灯の点いた天井。
ハインリッヒにとって、あまりにも非現実的な部屋だ。
「私たちにとっての侵略者の、本陣よ。」
「なっ!」
ハインリッヒは驚き、慌てて起きあがろうとするが、アレクシアがそれを押し留める。
「まだ無理をしてはいけません。」
「ですが・・・」
「動いてもよいか、確認をとりましょう。」
アレクシアは、手元にあるナースコールのボタンを押す。
すると天井から、
「如何ナサレマシタ?」
と声が発せられる。
「弟が目を覚ましましたので、ご報告をと。」
「ワカリマシタ、スグニ伺イマス。」
その声を聞き、
「姉上、今の声はいったい?」
「お医者さまの声よ。
見たら驚くでしょうけれど。」
悪戯っぽく笑う姉の姿に、ハインリッヒは懐かしさを感じていた。
ーーー
「大丈夫デスネ。
念ノタメ、気持チ悪イトカ頭ガ痛クナル等ノ症状ガアリマシタラ、教エテ下サイ。」
医療ロボット“リョウタク”から外に出ることの許可を得ると、念のためということでハインリッヒを車椅子に乗せ、アレクシアはそれを押して外に出る。
初めて見る車椅子の乗ることも、またそれを姉に押してもらうことにも恥ずかしさが先に立つハインリッヒは、
「わ、私は歩けますから。」
そう言って立ち上がろうとするが、
「落馬した時に、頭を打っているかもしれないのですから。」
そう言って押し止められる。
小柄だが、意外と強い力に驚かされる。
姉に車椅子を押され建物の外に出ると、そこにあるのは侵略されたとは思えぬような日常。
「これは・・・」
侵略された陰惨さはなく、むしろ笑顔と笑い声が溢れている。
「おや、アレックスじゃないか。
ユウキ様のお使いかい?」
アレクシアを見つけた年配の女性が、とても王族にするような言葉遣いではない言い方で声をかけてくる。
「ええ。
先の戦闘で捕虜になった彼を案内するようにと。」
言葉遣いを気にすることなく、アレクシアは朗らかに答える。
「そうかい。
若い兵士さんも、ここにいたら戦いなんて馬鹿らしいと思うようになるさ。」
そう言うと、年配の女性はその場を離れていく。
「姉上・・・。」
「いいのよ。
ここでの私は、シュウェリーン出身のアレックス。
王女アレクシアじゃない。」
姉の言葉に驚きつつ、その表情からどこか納得してしまう。
「この辺りはね、苛烈な統治をする領主が多かったのよ。
私も、ここに来るまでろくに知らなかったのだけれど。」
「・・・」
「国法では四公六民と定められている税率も、色々と口実をつけて六公四民、いえ八割にも及ぶ税率を課す領主もいたそうよ。」
「・・・」
「それから解放したのがユウキ様。
苛政を布いた領主の財産を全て分け与えたの。」
静かな口調の中に、僅かに感じられる怒り。
「姉上は怒っておられるのですか?」
「ええ、怒っている。
そんな状況を知らなかった自分にも、それを正そうとしなかったお父様にも。」
自分たち王族は何のために存在するのか。
民を守り慈しむためではないのか。
「今回の戦い、パルヌ王国は負けるわ。」
「えっ!?
そんなことはありません!
父上が直率する兵は五万を越えます!
負けるわけが・・・」
ハインリッヒの言葉に、アレクシアは首を振る。
「負ける。
それは確定しているのよ。」
断定した言い方に反発を覚えるが、口に出すことができない。
自分たちとて、侵略者を凌駕する兵力であったはずなのだ。それが
「私は、敗戦後のことを、いかに混乱を少なくするかを考えているの。」
そう口にする姉の顔は、すでに覚悟を決めたものだ。
「ハインリッヒにも、それを手伝ってほしい。」
「・・・」
姉の言葉に、ハインリッヒは返答できなかった。
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