第61話

 シュウェリーンからもパルヌ王国王都ヴァルカからも約三〇〇キロという、ほぼ中間の地ナルヴァ平原。


 そのナルヴァ平原の中にある小高い丘に、佑樹は陣地を構築させている。


 佑樹がこの地を選んだのは、周囲に人家が少なく巻き込む一般人が少ないからである。


 そして、テオフィーラとハンスの会話を聞き、少しばかり謀略いやがらせを行うことに決めたのだ。


 その会話とは、パルヌ人の名前に付いている“ヴァン”と“ファン”の違いについてだ。


「“ヴァン”と“ファン”、どちらも貴族号みたいだけど、違いってなんなのかしら?」


 と、テオフィーラが疑問をハンスにぶつけると、


「それは、領地を持っているかいないかってことですよ。」


 ハンスの説明によると、領地持ちが“ヴァン”で持たない方が“ファン”なのだという。


「なんでわざわざそんな違いを作ったのかしら?」


「この国の成り立ちからの説明になりますが、長くなりますよ?」


「かまいません。

 時間はたっぷりありますから。」


 そんなやりとりの後、ハンスが説明をはじめたのだが、要するにこのパルヌ王国は元々は地方豪族の寄り合いだったということだ。

 その中から、現国王に連なるクラヴァン家が力を持つようになり、ライバルたちを滅ぼして糾合してできたのが現在のパルヌ王国というわけだ。


 その時に、クラヴァン家に協力した豪族たちを貴族に列した。

 パルヌ王国建国当初はそれでよかったのだろうが、代々続いていくうちに問題が出てくる。

 貴族たちが力を持ち過ぎてしまい、国王の政策に口を出してきたのだ。


 こうして国王対貴族という対立構造が生まれたのだが、ある国王が貴族の力を削ぐために新たな登用制度を創立。それにより登用された官僚の中でも、功績を上げた者を無地貴族としたのだった。


 そして、領地持ち貴族と無地貴族を区別するために、二つの貴族号が生まれたのだ。


 それを聞いた佑樹の感想は、中国南北朝時代の南朝の貴族と寒門のようなものかということだった。


 中国の南北朝時代(最近では三国時代から合わせて魏晋南北朝時代と呼ぶそうです)の貴族というのは非常に舐め腐った存在で、“自分達は元々は華北の出身であり、いずれは華北に帰るのだから税を納める義務はないが、政治には参加する(意訳)”などとのたまい、やりたい放題やっている。

 それに対抗するために皇帝たちは、見込みのありそうな子供たちを集め、その中から登用していった。これが俗に言う寒門で、この中から歴史上に名を残す人物も多数出ている。名将として名高い『陳慶之ちんけいし』も、この寒門の出である。


 こういったハンスとテオフィーラの会話を聞き、周辺の貴族領を攻撃することにしたのだ。


 貴族領を攻撃するメリットは、それにれた貴族たちの分裂が見込めること。

 国王と貴族との間に離間とまではいかなくても、隙間を作ることができること。


 デメリットとはというと、佑樹としては特にない。


 元々、長期の領有などする気はなく、戦いが終わればおさらばするのだから、気にするようなことは特にない。


 なので、ムネシゲ隊とヨシヒロ隊を使い、周辺にある貴族領を攻略させることにしたのだ。

 ただ攻略させるだけではない。

 シュウェリーンで入手した情報を元に、悪名高い貴族の領地ではその家族を丸ごと陣地まで連行させ、その財産は領民に全て分け与えている。


 悪名のない貴族領では、その家族から人質こそ取りはするがあくまでも賓客として招き、その領地はそのまま自治に任せる。


 こうすることで、侵略者とはいえ寛容で、悪事には厳しく接する人物としての評価を、一般人から得ることに成功したのだった。


 それだけではなく、陣地の構築には近隣の貧しい人々を雇い入れている。


 そうすることで、周辺の住民を味方に付けておくのだ。

 気前良く賃金を支払う侵略者と搾取する領主、住民がどちらに味方するようになるかは言うまでもない。


 さらに捕虜待遇にした悪名高い貴族と、賓客待遇の名君とはいかなくとも領民に慕われる貴族との間に隙間が作られていく。


 謀略としては小さな事でも、謀略いやがらせとしてはなかなかに大きなものである。


「よくもまあ、そこまで嫌がらせを思いつくものだね。」


 呆れたようにジェタが言う。


「本当ですわ。

 本当に料理人でしたのかしら。」


 ヴィオレータがジェタに同調する。


「たしかに、私は料理人だったよ。

 今回のことだって、料理人としての考え方に沿ったものなんだから。」


 料理を作るのに考えることは、食材同士が喧嘩をしないように調和させること。

 それを謀略に当てはめるなら、食材同士が喧嘩するように仕向けることだ。


 そんな説明をされるが、二人からの疑惑の視線は変わらない。


 理解されなかった佑樹は、肩をすくめて食事の準備をするべく陣屋に設けられたキッチンへと向かう。


 それを手伝うために、ウルリッカがその後に続いていた。



 ーーー



(仮称)ナルヴァ陣地にて、食事を摂る者は佑樹とウルリッカ、ヴィオレータ、テオフィーラ、マリアナ、グスマン、ファウストにジェタとその側近三〇名と、ハンスとアレクシア。

 さらにシュウェリーンで雇い入れた召使いメイドたち一〇名ほど。

 それと、捕虜とした悪名高い貴族と賓客待遇の人質たち。

 合計して一〇〇人弱といったところだ。


 佑樹が身内と判断している者たちと、賓客待遇の者たちには佑樹自身が調理をするが、捕虜待遇は調理ロボットたちに任せている。


 そして、佑樹のお手伝いとしてウルリッカだけでなく、アレシアにマリアとスサナの姉妹も一緒に手伝っている。


 マリアとスサナはアルファに見守られながらテーブルに食器を並べ、アレシアは佑樹の指導の下、簡単な調理を任せられている。


 その様子をマリアナとグスマンが見守っている。


「アレシアが手伝っているのを見ていると、昔を思い出すな。

 マリアナも、よくエステラを手伝っておったな。」


 侯爵夫人であるエステラが料理をすることは少ないが、それでも子供たちのためにお菓子などを作っていたものだ。


 それをまだ幼かったマリアナは、よく手伝っていたのだ。


「そうですね。

 私のときよりも、やっていることは多いようですけれど。」


「そうかもしれんが、どちらも儂などからしてみれば立派なものだと思うがな。」


 穏やかな笑みを浮かべて、グスマンはそう言っている。

 武骨者として知られるグスマンから見れば、料理を手伝うということ自体が、立派な行為なのだろう。


 そしてそう思えるグスマンだからこそ、家庭内円満だったのだとマリアナは思う。なにせ、侯爵という高い地位にありながら、グスマンは側室を持つこともなかったのだから。


「それにしても、戦陣にあるというのにこのような立派な建物を作るとは。

 天空の城の技術は我らの予想を遥かに超えておるな。」


 天空の城の技術力が、自分たちよりも遥かに高いのは理解していたが、それでも戦地にこのような建物を作ることができるとは思いもしなかったのだ。


「戦地なら、天幕がせいぜいだと思っていたのだがな。」


 そんな感想を漏らしていると、


「簡単なことですよ。

 建材をあらかじめ加工しておくんですよ。」


 料理を持った佑樹がそう答える。

 そして手に持った料理をテーブルに置くと、マリアとスサナがそれを盛り付ける。


「不公平にならないようにね。」


 二人に注意を促すようで、アルファにちゃんと監督するように注意している。


「あらかじめ加工しておけば、現地では組み立てるだけで済みますからね。」


「なるほど。

 それならば短時間で建てられそうじゃな。」


 組み立てが容易なら、解体も容易にできるはず。

 グスマンはそう考えを巡らしている。


「良いことを聞いたな。

 これならばすぐに導入できそうだ。」


 天幕よりも防水がしっかりできるなら、火薬の貯蔵もできるだろう。


 グスマンは貪欲に、天空の城の技術を導入する算段をつけている。


 そんな様子をアレクシアは離れたところで見ている。さすがに、今は貫頭衣ではなく普通の衣服になっている。


 あるじたる佑樹が自ら料理をし、黒エルフの少女をはじめとする少女たちが、自分から手伝っている。

 アレシアという少女は一国の王女だというが、それが進んで召使いのようなことをしている。


 マリアとスサナという少女にしても、貴族の娘だと聞いている。彼女たちも元気に手伝っている。


「殿下には物珍しいかもしれませんが、平民の家庭ではありふれた情景ですよ。」


 ハンスがそう教える。


「子供たちが親を手伝う。

 それは当たり前の姿なのですね。」


 どこか眩しく感じてしまう光景。


 マリアとスサナ。

 この二人の少女も人質として出されたと聞いているが、そんなことを感じさせない。


 佑樹がそんなことを感じさせないよう、接しているからなのだと今では思う。

 だからこそ、彼女たちは家族のように自分から積極的に手伝っているのだろう。


「私も名ばかり貴族でしたからね。

 幼い頃はよく手伝ったものです。」


 アレクシアの内心を知ってか、ハンスは自分の昔話をする。


「その当時は貴族なのになんでこんなことをと、そんなふうに思っていましたよ。」


「今は違うのですか?」


「ええ、今は懐かしさと同時に、あの頃が一番人間らしい暮らしだったように感じますね。」


「それはなぜ?」


「貴族社会とか軍ってヤツの中にいますとね、いかに相手を出し抜くとか競争相手を蹴落とすとか、そんなことばかり考えなきゃならんのですよ。

 あの頃は、そんな嫌らしいことを考えなくてよかった。」


 しみじみと言うハンスの言葉に、アレクシアは考え込んでいる。


 これ以上は何を言っても、耳に入っていかなそうな様子に、ハンスはその場を離れていった。





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