第19話
晩餐会の翌日、佑樹は船上の人となっていた。
同乗しているのはサフィアとルヴィリア、ペリアとアレシア。そして八人の令嬢とそのお付きの者たち。
マリアとその異母姉のスサナも、当然乗船している。
そしてアルファとジェタはキリプエに居残りである。
正確には、自分から留守役を申し出ている。
「ほう?
二人で留守役か。
本音を聞こうか?」
佑樹の言葉に対し、
「ゲームの対戦の決着がついてないのよ!」
と、あまりに馬鹿正直に答えるアルファ。
その結果、アルファとジェタは“デコピンの刑“に処されたのだった。
「これほど大きな船ですのに、大きく揺れるのですね。」
侯爵令嬢ヴィオレータの感想。
この侯爵令嬢は、見事なまでに佑樹の持っていた上位貴族令嬢のイメージを壊してくれる。
なにせ、婚約者がいたにもかかわらず、自ら佑樹の元に赴くことを決断し、父親に直談判したのだとか。
「婚約者はどういう反応をしたんだ?」
そう尋ねたところ、
「『わかった』の一言でしたわ。」
とのこと。
「あちらには、すでに愛人が一ダースもおりましたから、私などどうでも良かったのでございましょう。」
相手もそれでよく婚約をしようとしたものだと、そう感心していると、
「成り上がり者でしたから、家格に箔を付けたかったのでしょう。」
とのこと。
だが、そんな成り上がり者に娘を嫁がせようとしたということは、侯爵家といえどなんらかの問題を抱えているのではないか?
例えば経済的なものであるとか・・・。
「
貴方の持つ産業の知識。
その極一部でも持ち帰ることができれば、我が家も再興できると。」
かなり逞しい精神を持っているらしい。
「その為には、たとえこの身を貴方に差し出しても惜しくはありません。」
そう断言してはいるが、手をギュッと握りしめているところをみると、かなり強がっているのだろう。
「君の実家に何が持ち込めるか、色々と検討してみるのもいいかもしれないな。」
キリプエをはじめとして、領有することになった領地に住む者たちの安全のために、味方を増やすことは必要だ。
「ありがとうございます。」
ヴィオレータは優雅にそう返礼の言葉を述べる。
そこへ、艦内に警報が鳴り響く。
「どうした?」
佑樹は同行しているヨシタカに確認する。
「海中ヨリ、巨大ナ生物ガ接近シテオリマス。」
「対応は一任する。」
「アリガトウゴザイマス。」
ヨシタカはすぐに行動に移る。
行動に移るといっても、表面的な行動は何もない。
通信回路を開いて、部下であるロボットたちに指示を出しているのだ。
指示を出しているのはロボットたちだけではなく、この
「爆雷ヲ投下シマス。
乗員ハ、衝撃ニ備エテ下サイ。」
艦内放送が流れる。
「爆雷投下マデ、残リ五秒。
四・三・ニ・一・ゼロ、投下!!」
爆雷が次々に投じられ、ヨシタカ配下のロボットたちは両舷に配置、戦闘態勢にある。
何が起こるのかと、ヴィオレータら令嬢たちは固唾を飲んで見守っている。
そして、たっぷり一〇〇を数えたころ、次々と水柱が上がっていく。
「な、なに?!」
次々に上がる水柱に、艦橋にいる者たちは慄く。
「怖がる必要はない。
ここにいる限りは、
佑樹はマリアを抱き上げながら、そう言って周りを落ち着かせる。
そして、
巨大ななにかが浮かび上がってくる、それが
「鯨、か?」
その大きさから、佑樹はそう推定するが、
「違イマス。」
ヨシタカは即座に否定する。
「
ヨシタカの言葉を聞き、注意深く
「なにか、分裂?しているのか?」
佑樹は双眼鏡を取り出して、それらが浮上してくると思われるポイントに照準を合わせる。
やがて浮上してくる物体。
「白・・・、いや、灰色っぽいな。」
そう呟くその後ろから、
「ふむ、どうやら
サフィアがそう口にする。
「我らですら手こずる相手を、こうも簡単に倒せるとはな。
見事なものじゃ。」
「
佑樹が振り返り、サフィアを見る。
「長い二本の触手がな。
あれに捕まると、なかなか振り解けなくてな。
しかも、引きつける力も強いうえになかなかしぶとくてな。」
「しぶといって・・・!」
慌てて
「大丈夫じゃ。
ああなってはすでに死んでおるわ。」
サフィアの言葉に改めて見ると、本体の方は中から爆発したかのように、内臓が飛び出している。
「じゃが、派手に
それに惹かれてやってくるものもおろう。」
サフィアが続けた言葉に、佑樹はハッとする。
「そうだな。さっさと離れるに限るな。」
呟くと、
「最大船速でこの場から離れる。」
そう宣言する。
「ワカリマシタ。」
ヨシタカは佑樹の命令を受け入れ、速度を上げる。
普段ならここで終わるのだが、ヨシタカは何か言いたそうに佑樹を見ている。
「どうした、ヨシタカ。」
ヨシタカの視線に気付いた佑樹が問いかける。
「ハイ。
今後ノ為ニモ、集マッテクルモノタチヲ調べタイノデス。」
データ収集をしたい、そういうことなのだろう。
「わかった。
すぐに調査に入れ。」
佑樹の裁可を受けて、ヨシタカはすぐに行動に移したのだった。
ーーー
目的地である島に行く前に、人魚族と鳥人族の住む群島海域に立ち寄る。
「おいでいただきありがとうございます、ユウキ様。」
人魚族の長老が恭しく出迎える。
それに少し遅れ、鳥人族の長老も空から舞い降り、同じ口上を述べている。
「そんなに畏まらないでほしい。
前にも言ったけど、対等の友人だと思っているんだから。」
「そ、そんな、恐れ多いことを。
その言葉に苦笑するが、
「そうでもないさ。」
そう言って長老たちの後ろで、物陰に隠れて見ている子供たちに視線を送り、
「こっちにおいで。」
そう声をかけると、子供たちは佑樹の元に駆け寄る。
子供たちにもみくちゃにされる佑樹を心配し、
「お前たち、そんなにしたら・・・」
おろおろしながら静止しようとするが、
「止めずともよい。
婿殿にとっては、あれが普通の状況なのだ。」
サフィアにそう止められる。
「主殿は、子供らが笑顔でいられること、その笑顔を見られることが一番の癒しだと、そう言われております。」
ルヴィリアに補足され、長老たちは黙って見ているしかなくなる。
「ああそうだ。
今日は、君たちに紹介しておかないといけない子がいるんだよ。」
佑樹は子供たちにそう話しかけると、
「えっ、誰?
どんな子かな?」
ワクワクした表情で、佑樹を見ている子供たち。
「アレシア、こちらへ。」
名前を呼ばれたアレシアが、おずおずと佑樹の隣に来ると、
「わぁ!
白いお顔に白いお肌してる!」
「アレシアと言います。
皆さん、よろしくね。」
本来はもっと硬い物言いをしようとしていたのだが、佑樹に砕けた物言いにするように伝えていたのだ。
「赤いお目々!」
興味津々で寄ってくる人魚族と鳥人族の子供たち。
アレシアは思わず後退りするが、
「こらこら。
まだ紹介する相手はいるんだぞ?」
そう佑樹が諭すと、子供たちは視線を佑樹に向ける。
「ヴィオレータです。
よろしくお願いしますね。」
ヴィオレータは言葉を和らげながらも、侯爵令嬢としての気品を崩すことなく挨拶をする。
「私はテオフィーラ。
テオって呼んでね。」
肩先で揃えられた特徴的な紅髪と、どこか少年ぽさを感じさせるテオは、自分から人魚族と鳥人族の子供たちの中に入っていく。
「それと・・・」
佑樹は振り返り、スサナとマリアの異母姉妹に、前に出るように促す。
「スサナと・・・」
「マ、マリア・・・。」
マリアはか細い声で名乗るが、それは初めて見る人魚族と鳥人族に戸惑っているからのようだ。
「ルヴィリアとペリアは、ここで子供たちを見ていてくれ。
サフィアは、一緒に来てほしい。」
そう言われて、
「婿殿にそう言われては、一緒に行かぬわけにはいかないな。」
サフィアはそう言って佑樹に従って歩き出す。
ルヴィリアとペリアは顔を見合わせた後、子供たちの方へと向き直っていた。
ーーー
「今日来たのは、長老たちに確認したいことがあったあらなんだ。」
「確認したいこと、でございますか?」
「そう。」
と、長老たちに差し出したのは貝殻。
「これと同じ貝が、この近海にはいるのかとね。」
長老は貝殻を受け取り確認する。
「はい。
この貝ならば、この近海にはたくさんおります。」
その返答に少し考えてから、
「生息しているのはどのあたりかな?」
そう言って、この近海の地図を広げる。
その地図を見た長老は、ある一点を指差して、
「この辺りです。
この辺りは浅瀬の岩礁帯でして、大きな魚はおりませんが、その代わりに貝や海老などが豊富に獲れるのです。」
時化で海が荒れて外洋に出られない時や、
「なるほど・・・・って、
「少し前からやって来まして・・・。
ユウキ様よりお借りした船がなければ、どれだけ犠牲者が出たことやら。」
「犠牲者は出ていないのか。」
「はい。
あの船は速いですから、逃げ切ることが出来ております。」
それを聞いて、
「戦ったことはないのか?」
「は、はい。
とてもではありませんが、
おそらく、人魚族と鳥人族は過去に
それこそ種族の
だから、戦うと言う選択肢は彼らにはなかったのだ。
「その
「確認できているのは、一匹だけですが。」
と、長老の返答。
「ああ〜、それならもう出てこないぞ。
ここに来る途中で退治したから。」
「はっ?
いま、なんと?」
「いや、だからここに来る途中で退治したんだよ。」
佑樹は長老に説明をする。
その説明に、長老は驚愕の表情を見せる。
「まさか、あの船にはそれだけの力があったとは・・・」
同乗していたはずのロボットたちが、なぜ戦わなかったのか?
それは、佑樹の最終命令が「人魚族と鳥人族の指示に従え」というものだったからだろう。
だから、
「まあ、それは仕方ないとして、話を本題に進めるぞ。」
そう宣言してから、
「この貝からは真珠が取れるんだ。」
「えっ!
この貝から真珠が?!
「そう。
そしてこれが、この貝から取れた真珠だ。」
小さな白い球体を手に乗せ、長老に渡す。
「たしかに、これは真珠ですな。
ということは、この貝をたくさん獲ってこればよいのですな?」
「いや、違う。」
「?」
「この貝はそんなに獲らなくていい。
むしろ、この貝をたくさん育ててほしい。」
「それはどういうことでしょうか?」
長老は佑樹の言葉に首をひねる。
「実は、貝を使って真珠を作る技術は確立しているんだ。
ただ、この貝を繁殖させる技術が確立していない。」
「すると、私たちがすることはこの貝の繁殖する技術の確立、ということで?」
「そう。
それができるようになれば、真珠を作るという新たな産業が生まれることになり、私はその産業を人魚族と鳥人族に任せたい。」
「新たな産業、ですか。」
長老は考える。
確かに真珠は高値で取引される。
その真珠を人工的に生み出すことができるなら、自分たちは大きく潤うだろう。
だが、その技術の確立にどれだけの時間がかかるだろうか?
その間の生活の糧は、ユウキのことだから必ず支援してくれるだろう。
だが、そういう楽を覚えて漁業という人魚としての
「それからもう一つ。」
「他にもあるので?」
「人魚族と鳥人族の生活を安定させるために、魚の養殖を産業とすることを提案したい。」
「養殖とは、いかなものでしょうか?」
養殖という言葉は初耳だったようだ。
「簡単に言うとだ、魚を卵から育てて一定以上の大きさになったら出荷する、そんなことだ。」
簡潔過ぎるくらい簡潔な説明。
「育てた魚の一部には卵を生ませて、完全養殖を目指したいけどね。
それに、全ての魚が養殖できるわけじゃない。
養殖できる魚は養殖してその資源量を温存し、養殖できない魚が不漁の時の生活の糧にするということだってできるだろう。」
「確かに・・・」
「まあ、すぐに答えを出せというのは現実的じゃない。
気がむくようなら、連絡してくれればいい。」
話したいことは話したとばかりに、佑樹は立ち上がる。
「わかりました。
早急に、会議を開いて討議いたします。」
「良い返答を待ってるよ。」
佑樹はそう言い残すとその場を離れ、外に出る。
外に出ると、そこでは人魚族と鳥人族の子供たちと、アレシアらが楽しそうに遊んでいる。
子供たちは目敏く佑樹を見つけると、
「ユウキ様!
今日のご飯はユウキ様が作るの?」
と聞いてくる。
「ん?
どういうこと、かな?」
いきなりそう言われて「?」が頭上に浮かぶ。
「いえ、先日の晩餐の話をしておりまして・・・」
と、ルヴィリアがユウキに耳打ちする。
「それに以前、ここに来た時にユウキが食事を作ったことがあったでしょ?
その時のことも話題になってさ。」
ペリアと来た時のことも、どうやら話題になっていたらしい。
子供たちを見ると、文字通りに瞳をキラキラさせて自分を見ている。
「仕方ないな。
船に道具や調味料もあるから、持って来させよう。」
子供たちの歓声があたりに響き渡る。
「婿殿は、子供たちに甘いのじゃな。」
サフィアの揶揄う言葉に頭を掻きながら、佑樹は苦笑していた。
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