第20話 天空の宇宙人

 街までスキップなんて出来る訳もなく俺は息を切らして立ち止まった。

 男が指差した方角に向かってもう三十分はスキップしていた。

 しかし街は見えない。


「騙されたんだ! あいつら犯罪者だから!」


 俺は地面を叩きギシギシと歯を噛んではまた地面を叩いた。


「でも道はあるよ」とクツアを言う。


 確かに道はあって時折、馬車も通った。おまけに馬車から降りてきて斬りかかってくる頭のおかしな男もいなかった。

 それは最高だった。


「でも街はない」

「道の先にあるんだよ」


 道の先……。

 丘陵とした地形がどこまで広がるばかりで街なんて見えない。

 視覚に映るのは草の生えた大地と疎らに生えた小さな木々。

 遥か遠くに山脈も見えるが見えたところで何の意味もない。

 海は見えなくなったが微かに潮風の匂いがする。


 天頂をとうに過ぎた陽は辺りをオレンジ色に染めながらその身を山脈の向こうにララバイしようとしていた。


「海に戻って男を殴ろうぜ」

 俺の提案にクツアは首を振った。

「でもお腹空いただろう」

「すいたけど、まちをさがした方が早……、あっ!」と言ってクツアは口を抑える。

「何だ?」

 答える変わりにクツアはクラーク博士のように腕を伸ばしてそっちを見ろとジェスチャーする。

 見ると宙に浮いた馬車が空に向かって吸い込まれていた。


 俺はすぐさまクツアを抱えてスーツケースの影に身を隠した。

 俺の反応に驚いたのか「どうしたの?」とクツアは身体を小さくしてプルプルと震えた。

「UFOだ」

「UFO?」

未確認飛行物体unidentified flying objectだ。見ろ、あの馬車が浮いて行く先を……。円盤みたいなのが光線を出しているだろ?」

「あれはちがうよ。まほうじんだよ。くもで描いているのかな?」

「魔法陣じゃない。宇宙人だ」

「マサユキ、あなたつかれてるのよ」

「あっ! 消えた!」

 馬車はUFOの中に吸い込まれてしまった。きっと酷い人体実験とか記憶の操作とかされるに違いない。


「ここから離れよう」

 俺はそう言ったのに「だめだよ。あそこがきっと入り口だもの」とクツアはスーツケースの上に飛び乗った。

「あっ! やめろ!」

 スーツケースはUFOの方に走り出してしまう。

 俺はすぐさまクツアを追いかける。

 しかしスーツケースの走りは早くおまけに疲れを知らない。風を切るかのようにスイスイと進んでいく。上に乗るクツアの黒い髪や黒いスカートをなびかせながら。


 俺は息切れしながらも懸命にクツアを追いかけた。けれど遂にクツアはUFOの光に捕まって吸い込まれてしまう。


「クツア! クツアー! クッツアー! クッアッアー!」


 俺も光の中に飛び込んだ。クツアを一人にしてはいけない。俺らは二人で旅芸人なんだ。それに俺達の芸なら宇宙人にだって通用するかもしれない。そうしたら千夜一夜物語の要領で毎夜毎夜、面白い芸を見せ続ければ人体実験だって有耶無耶にできるってもんだ。


 それにしても光の中に吸い込まれていくのは、それなりに楽しくて大笑いしてしまった。無重力状態で宇宙飛行士になったみたいだ。「ヤー・チャイカ! ヤー・チャイカ! ヤー・チャイカ!」と叫んでいるとUFOの中に吸い込まれた。


 驚いたことに!

 UFOに吸い込まれるとそこは宇宙人が行き交う街の通りであった。

 まず宇宙人の多さに驚いた。いざとなったら拳で切り抜けようとか甘い考えだった。パリのシャンゼリーゼ通りぐらいの交通量だ。いや、それは言い過ぎかもしれない。その半分ぐらいだ。

 街も随分と発展していて車道は馬車がパカパカと走っているし、行き交う宇宙人は皆お洒落な服を着ているし、屋台には美味そうな食べ物が並んでいるし、テラス席で本を読んでいる宇宙人もいるし、ガラス張りの店の中で髪を切っている宇宙人までいた。


 何より驚いたのは宇宙人が俺と変わらぬ姿をしていたことだった。それは全くもって予想外ではあったが悪いことではなかった。コミュニケーションが取れるかもしれないからだ。


 俺は頭の禿げた恰幅のよい宇宙人(男)を捕まえて

「ロズウェル事件について話しませんか?」と声をかけてみた。

 もちろん笑顔も忘れずに。

 しかし肩をバンと押されて「酔っぱらいが!」と怒鳴られて終わりだった。

 コミュニケーションを取るのは不可能だ。


 クイクイと服の裾を引っ張られる。クツアだった。

「大丈夫か!? チップとか埋め込まれていないか? MRIの時、困るから」

「チップ? だいじょうぶだよ。それより思い出したの。ここ『天空のまち』ポルックスだよ。本でよんだことあるの」


 俺は首を振ってクツアの耳元で囁いた。

「ここはUFOの中だ」

「ちがうよ。くものとうまだよ。その上にまちができたの」


 俺はクツアの頭を両手でさわさわした。

「え、えっ? なに?」とクツアは後ろにジャンプした。


 既にチップを埋め込まれている――俺はそう睨んだ。

 けれどクツアにショックを与えないように話を合わせた。

「雲の桃魔ね。そう思っていたよ。地面は硬いけどな」

「う、うん。それより宿をさがそうよ。ひがくれる前に」


 チップが埋め込まれている割にはいい意見だった。

 確かにUFOの中だというのに陽は暮れようとしていた。


 宿を探すために俺達はUFOの中を歩くことにした。

 もちろん宇宙人とばれないように宇宙人の振りをして歩いた。

 道は石畳で舗装されていて道の脇にはゴミ箱まであった。UFOの中を汚すなという強い意志表示だ。

 そのおかげで通りはとても綺麗だったし、色々な店が並んでいた。

 下手くそな歌が聴こえてくる酒場、かび臭い本屋、宇宙人で溢れた大衆食堂、馬の蹄やら古臭い時計やらが並んだ雑貨屋、眠くなりそうな喫茶店、上等な服が並んだショーウィンドウ――まったく賑やかなUFOだった。

 

 そうやって適当に歩いていると広場に辿り着いた。

 そには噴水があってその周りで子供達が水鉄砲を持って走り回っていた。

 クツアは歩きながらそれをじっと見ていた。


「遊びたいのか?」

「うんうん」

 クツアは首を振りながらも子供達から視線を逸らさなかった。


 俺達は歩き続けた。細い通りに入ると行き交う宇宙人も疎らになり石畳に響く足音も鮮明になった。

 宿を見つけたのはそんな場所だった。

 二階建ての小さな宿で一階は食堂になっていた。円卓のテーブルが六席も並んでいるというのに客は誰もいない。壁にはよく分からないポスターやらカレンダーが貼られていた。


 俺はカウンターに行き、呼び鈴を強く鳴らした。おどおどしていると人体実験される可能性があったからだ。


「はい、ただいま」


 きびきびした声と共にカウンターの奥から若い宇宙人(男)が出てきた。金色の短髪で背が高く眼鏡をかけていた。


「貴様がこの宿の主か?」

「はい、お泊りですか?」

「泊まるに決まっているだろう! こちとら旅芸人だぞ!」

 俺はニコリと笑った。旅芸人は笑顔が命。ちらりとクツアを見ると俺の影に隠れて笑顔を怠っていた。そんな基本を忘れるなんてやっぱりチップか。

「旅芸人の方でしたか、さぞやお疲れでしょう。うちの宿はご覧の通り繁盛していませんから部屋に空きはございますよ。一部屋でよろしいですか?」

「馬鹿野郎! クツアは明るい部屋じゃないと眠れないし、俺は暗い部屋じゃないと眠れないんだ。二部屋いるだろう。気を使え!」

「左様でございましたか。それでは二部屋で六千ポポでございます」

「六千ポポ?」

「はい」


 そうかUFOの中だというのにお金を取るのか。狼狽うろたえはしたがそれを悟られる訳にはいかなかった。怪しまれればチップを埋め込まれる。

 俺は海で男から受け取った赤い宝石の付いた杖を差し出した。

「えっ? こちらですか?」

「無論だ」

「はぁ」

「足りぬか?」

「いえ、これは……、杖に付いているってことはこの宝石は魔鉱石ですか?」

「無論だ」

「いや、参りましたね。本物だとしても私には鑑定できませんので……」

「ほんものだよ。お兄さんでも使えるから」

 クツアが後ろから口を出した。

「ははっ、お嬢ちゃん。僕は魔女じゃないんだよ。もし僕が魔法を使えたらこれは『ゼロワン』の魔具ってことになる。それならこの宿ごと売り渡したとしても全く釣り合わないよ」

「無論、本物だ。旅芸人は嘘を付かない」俺は宿の主に杖を渡した。


 もし偽物だったら猫騙しを食らわして走って逃げるつもりだった。宿の主は「意外と重いですねぇ」とか言いながら杖を振って「うーん、じゃあ、『踊る人形』」と唱えた。

 すると杖から小さな人形がポンポンと飛び出てきた。「うぉぉ!」と宿の主人は目を丸くする。一体、二体と人形が飛び出る度に杖は短くなっていく。八体から先は数えられなかったが杖がなくなる頃にはカウンターは人形で一杯になった。

 人形は旗を振ったり、逆立ちをしたり、脚を上げたりしてまるで暗号文のようだった。


「ほ、本物じゃないですか!」

「無論だ! だから泊めろ!」

「いや宿ごと売り渡しても釣り合いませんよ」

「じゃあ、宿もお前もいただこう」

「僕ごとですか?」

「俺が宿の主となる。お前はこれまで通りここで働き売上を俺に渡す。どうだ?」

「ちょっと待って下さい」

 宿の主はカウンター内をウロウロしながら考え出した。

 踊る人形がそれを応援している。

 しばらくして「受けましょう、その話。考えてみましたがやはり魔法を使えるメリットは大きいですから」と宿の主(元)は答えた。

 それから「ハンザと言います。よろしくお願いします」と握手を求めてきた。


 握手には応じなかった。脈とか体温とか測られて最終的にはチップを埋め込まれる可能性があったからだ。

 自分自身とクツアの簡単な紹介を手短に済ませ、二階へ移動した。

 宿の部屋は質素なものだった。大きな家具は机とベッドしかない。

 窓を開けて空気を入れ替える。

 陽はすっかり暮れてしまっていたがUFOの中の街は煌めいていた。

 宇宙人も暗い場所は嫌いなのかもしれない。クツアみたいだ。

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