第18話 ヴァンパイアの長話 壱

 えぇ、そうです。隠していてもきっと何もかもお見通しなのでしょう。私にはヴァンパイアの血が流れています。いえ、リチャード、隠しきれるはずがないのです。だって、そこで眠っている方は『災厄の魔女』なのですから。私の血がそう言っているのです。間違えるはずがありません。そうです。リチャード、あの『災厄の魔女』です。彼女が姿を見せたということは私たちを皆殺しに来たのでしょう。えっ、何ですか? サイダーの魔女? 何を仰っているか分かりませんがきっとあなたも私と同じ人魔なのでしょう? 違う? マサユキ、はい? はぁはぁ、記憶喪失のマサユキ……。えっ、何も覚えていらっしゃらないのですか? では魔女とあなたの関係は? 友達? いえ、あなたが何者でも関係ないですね。その方が目を覚ましたら私たちはきっと殺されてしまうでしょうから。そんなことない? いえ、あなたは何も知らないからそのようなことが言えるのです。私達ヴァンパイアが彼女の一族に行った裏切りは決して許されるものではないのですから。

 これが最期です。せめて、あなたに懺悔しましょう。私達ヴァンパイアの罪について。


 何も覚えていらっしゃらないのであれば、まず魔女の誕生から話さねばなりません。

 元々、この世界に魔女は存在していなかったのです。魔女の始まりそれは――「最初の魔女」と称されるヘクサ・ド・ウィッチ様が「ドコカの園」から「桃の味のする果実」を持ち帰ったことだと言われています。

 不思議なことにその桃の味のする果実を食べたものは「魔素」を持ち「魔法」を扱えるようになったのです。そして、いつしか私達は魔素を持つ人間を「魔女」、人間以外の生物を「桃魔」と呼称するようになりました。

 この魔素というのは親から子へ継承される性質を持っているのですが一点条件がありまして、それは母性遺伝と同じく母親のみから継承されるという点です。つまり母親が魔女であれば生まれた子もまた魔女となりますが、母親が魔女でなければ、たとえ父親が魔女であってもその子は魔女になれません。

 そういった事情もあり昔から女の魔女は重宝され呼び名にも「女」という文字が含まれるようになりました。


 そして緩やかではありますがここカルサイト王国にも魔女は増えていきました。しかし中には魔素の制御に失敗し身体に異常をきたすものも現れ始めました。それが私のような「人魔」です。見て下さい、この牙を。これで血を吸って長い時間を生きてきたのです。

 と申しましても今はもう魔素は薄れ、血を欲することも陽の光で火傷することもないのですが。

 しかし魔素が薄れたとはいえ、その方が『災厄の魔女』であることは間違えようがないのです。なぜならその娘はクツア・メイラシ・ハン・ヘクサ――、ヘクサ・ド・ウィッチ様の血を引く「ヘクサ家」最後の生き残りなのですから。

 そして私達ヴァンパイアの罪とはまさにヘクサ家滅亡の中にあるのです。


 ヘクサ家はカルサイト王国に台頭するようになった魔女の一族の中で最も魔女としての資質に優れた一族でした。先にも申しました通りヘクサ・ド・ウィッチ様の血を引く一族であり、強い魔素とそれを扱う高度な魔法技術の両方を兼ね揃えておりました。

 魔女にとってより強くより高度な魔法を扱えることは当時も今も変わらず最上の誉とされておりましたからヘクサ家というのは魔女達にとって憧れの存在だったのです。ただし、その一方でヘクサ様の血をより濃く残すために近親相姦まで行っていたヘクサ家を忌み嫌う者も中にはおりました。


 もう一つヘクサ家と並んで有名な一族がおりました。それが「バーナー家」です。

 バーナー家もまた優秀な魔女の血筋ではありましたがヘクサ家ほどの魔女の資質はありませんでした。ただしバーナー家の魔女というのは美貌に優れたものが多く、また政治的手腕においても他の一族より抜きん出ておりました。端的に申しますとバーナー家はカルサイト王家に近づくことで力を伸ばしていったのです。

 バーナー家はヘクサ家を何かとライバル視しておりましたし、カルサイト王家もまた優秀な魔素を持つ魔女を欲しておりましたからカルサイト王家とバーナー家が蜜月の関係になるのは自然な成り行きだったのかもしれません。


 カルサイト王家もバーバー家も強い力を持つヘクサ家を恐れていました。魔女としての力そのものというよりそれに伴う名声を恐れたのです。自分たちより民に人気がある存在というのは国の権力者にとって何より恐い存在なのでしょう。しかし、それとは裏腹にヘクサ家は当時、最凶と恐れられ三百人以上の死者を出した桃魔「内臓喰らいのミミナキ猿」を退治したことによりその名声をますます確かなものにしていったのです。


 人魔の立場からしてもヘクサ家が力を伸ばすという事態は望ましいことでした。当時のカルサイト王国では人魔に人権が与えられていなかったからです。人々は異形の存在を自分と同じ「人」とは認めませんでした。確かに人魔は異形で通常の人より力がありましたから人々が恐れるのも理解できます。しかし精神面では魔素を持たぬ人と何ら変わらないのです。私達ヴァンパイアにしても血を吸いますが誰彼構わず吸う訳ではありません。契約を交わした魔女の血だけを吸うのです。それが古くから続くヴァンパイアの習わしなのです。けれどそれも人々にとっては信用の置けない人魔の戯言たわごとに過ぎなかったのでしょう。


 結局のところ、カルサイト王国では人魔は奴隷として生きねばなりませんでした。しかしヘクサ家が治めていたチャロアイト領だけは違いました。人魔のためにヘクサ家が主導してカルサイト王家と対立するとまではいきませんでしたがヘクサ家の魔女は対等の立場で私達に接してくれました。

 ヘクサ家の魔女というのは魔素や魔法といったものを魔学として体系化し、熱心に研究しておりましたから人魔という存在を正しく理解していたのです。人魔は通常の人より力がありましたから力仕事にも向いておりましたし、魔学に対する理解を深め研究者や魔具開発者になるものも多くおりました。

 またヘクサ家の魔女は領民に対して人魔についての啓蒙活動も行ってくれておりましたのでチャロアイト領の人々と人魔の関係もとても良好なものだったのです。

 そのため多くの人魔がチャロアイト領で暮らすようになり、ヘクサ家の力はこのまま揺るがないものになっていくように思われました。

 

 ヘクサ家とバーナー家は異なる色を発する光でした。

 ヘクサ家の光に惹かれるもの、バーナー家の光に惹かれるもの、それぞれおりましたが両者は絶妙なところでバランスが取れておりました。

 しかしそのバランスが狂い始めたのは絶世の美女として有名なアテネ・サフィニア・ハン・バーナー様がバーナー家のご当主になられた頃でした。

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