第17話 鳥籠で啼く女

「この密猟者どもがぁぁ! 金を払えぇぇぇ!」って鳥籠ドームの格子に顔をめり込ませながら叫んじまっていた。

 驚かせてしまったかもしれない。

 だけど誰だって不安に駆られて叫び出したことはあるだろう。


 演奏が終わった直後はにこやかな気分だった。

 クツアとハイタッチして酒でも飲みにいこうって話しながらアンコールが聞こえて来るのを待っていた。

 もちろん、視線を鳥籠ドームに向けたりはしない。いかにもアンコールを待っていますって勘付かれては一流の旅芸人とは言えないからな。背中で待つのがクールなんだ。

 けれど、待てど暮らせど波の音しか聞こえてこない。

 それでも俺は待って、待って、待って、紫外線とかオゾン層のこととか考えながら待っていた。

 けれど――波の音、クツアの屈伸くっしん、波の音、クツアの伸脚しんきゃく、波の音、クツアの欠伸あくび、波の音、波の音、欠伸あくび欠伸あくび欠伸あくび……。

 痺れを切らして二人を見ると鳥籠ドームの隅でガタガタと震えている。

 アンコールする気配など微塵もない。


 これはどういうことだって考えていると、

『この二人、もしかして難癖をつけて金を払わないんじゃないか?』

 って気がしてきた。

 もちろん俺だって二人のことを信じたかった。人は生まれながらにして善なるものだから。

 しかし、一度、不安の種が芽を出すとそう簡単には刈り取れない。


 鳥籠ドームでプロの公演を観たらアンコールをして金を払う。

 これって当たり前のことだろ?

 頑なにアンコールもせず、客席に座り続け、金を払わない理由が俺には思い付かない。だけど、一万年に一人の旅芸人であり、静御前しずかごぜんの生まれ変わりともくされるクツアならその理由に検討が付くかもしれない。

 でも尋ねることはできなかった。肝心の天才幼女は立ったまま居眠りしていたからだ。

 あれだけのクレイジーラジオダンスを繰り広げた後だ。無理もない。

 それに客とのトラブルは大人である俺が対応すべきだ。常識的に考えて。


 常識?


 その言葉で思い出してしまった。こいつらが栄螺さざえの密漁を生業なりわいにしている非常識極まる極悪非道の犯罪者だってことを。

 そうすると全く話は変わってくる。

 犯罪者にとって料金を踏み倒すことは生体恒常性ホメオスタシスの一環なんだ。犯罪者はホルモンを分泌するように料金を踏み倒す。奴らはそうしないと生きていけない。恐ろしい話だ。いや悲しい話なのかもしれない。


 俺達にだって生活がある。俺は何も食べなくても大丈夫だけど、クツアは桃の味のするリンゴを食べないと死んでしまう。

 俺とクツアはもはや一蓮托生いちれんたくしょうの関係なんだ。クツアの喜びも悲しみも罪も全て背負って生きていく。

 だからさ、そういった大人としての責任から吐いた言葉なんだよ。冒頭のセリフは。


「ひぃぃ、か、金なら幾らでも払うから命だけは、命だけは助けてくれ」

 男は心を入れ替えたのかそう言って杖を差し出してきた。杖には紅くて下品な宝石が付いている。売れば金になりそうだ。

「よしよし」と俺はそれを受け取ってぐへへと笑った。

「頼む! ここから出してくれ」と男は懇願こんがんする。

「待て待て」

 クツアを見ると風に揺れるすすきみたいにまだ眠っている。

 一度眠ると起きないからな。

「残念だがあんた達を出すことはできない」

「は、話が違うぞ!」

「待て待て」

 クツアが目を覚ますまで待つしかない。それに待つって行為は悪いことじゃない。知性的で文明的な行為だ。でも煙草が吸いたくなる。

 そう言えばこの世界に来てから一本も吸っていない。

「煙草、持っているか?」

 男は首を振り、女に目を合わせたが同じだった。

 二人ともこの世の終わりって顔をしている。

 酒も煙草も音楽もない。聞こえてくるのは絶え間ない波の音ばかり……。気が滅入るのも当然か。

 俺はサイモン&ガーファンクルの『スカボロー・フェア』を演奏することにした。

 もともとアンコール用に用意してきた曲だ。クツアは眠っているが一人でやるしかない。場数を踏んで俺も自信が付いた。


 柔らかな砂浜に正座して。

 左手に弦を右手にばちを。

 ベンベンと瀬無せないメロディを奏でる。


 鳥籠ドームで女が泣いている。

 緋色の髪を震わせて。

 男が大丈夫だよと抱き寄せる。

 あれで女は安らぐのか。

 白い砂浜で幼女は眠る。

 日時計みたいに立ったまま。

 白い砂浜で幼女は眠る。

 潮風の中、たゆたうと。

 白い砂浜で幼女は眠る。

 カラスのようにスカートを羽撃はばたかせ。

 もういいです。

 殺して下さいって女は言う。

 許されるはずがないですから。

 殺して下さいって女は言う。

 ヴァンパイアなのですから。

 殺して下さいって女は言う。

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