第13話 海から生まれた猿
海は嫌いだった。理由を問われも分からない。
いつまでも消えることのない波の音が嫌いだったかのかもしれないし、過去に嫌なことがあったのかもしれない。
クツアが海に向かって走っていく。
砂浜に小さな足跡が点々と残る。
黒いスカートを捲し上げて波を踏んだり、蹴ったり、楽しそうな表情を浮かべる。
彼女の足元では白い波飛沫が白い砂浜を黒く濡らしている。
「どうして海なんだ?」
クツアに投げかけた言葉だったが返事はなかった。
波の音に掻き消されて聞こえていないのだろう。
だから海は嫌いなんだ。
岩陰に隠れてぼんやり過ごすことにした。
海を見ているとアルベール・カミュの『異邦人』を思い出す。
『異邦人』を思い出すと決まって俺の友人を思い出す。
あいつは猿に本気で恋をしていた。
猿の名前はパトリシアだったがパトリシアの方は本気じゃなかった。
それはあいつにだって分かっていたし、猿なんだから仕方がないっていつもスコッチを片手に涙した。俺だって泣いた。友人が悲しい思いをしているのに泣かない男は塵屑だからな。
あいつはある日、パトリシアを人間にしようって言い出した。いいアイデアだった。
ちょっと頭の足りない奴だと思っていたけど常人にはない閃きがあったんだ、あいつには。
俺達は猿に沢山のことを教えた。文字の読み方から神様の概念まで俺達が知っていたことは全部教えたつもりだった。けれどパトリシアは頭が悪いのか猿のままだった。不思議な話だ。人間は人間になれたのに猿はずっと猿のままだ。猿の中にだって頭の良い奴はいて人間になれそうなもんだ。だけどそうならない。ダーウィンに言わせると生物は進化するらしいが猿が人間に進化しないのはどういうことなんだろうなってあいつとは当時よく議論した。
議論して、スコッチを飲んで、猿に知識を与えて、また議論した。
まぁ、とにかくモノリスが必要なんだって結論に俺達は達した。
ミッシング・リンクを見つけるしかない。
そして奴は旅に出た。それからもう何年も会っていない。
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