狂って いない いない ばぁ
山田
第1話 どこにでもある出会い
目の前で紅い蝶が舞っていた。
身体を起こし一面に広がる花畑を見てここは天国か異世界かとまず考えた。
けれど自分のような男が天国に行けるはずがない――何だかそんな予感があった。
美しい花々の先に人影が見える。
まずは情報収集だなと足に力を込めて立ち上がる。
深く息を吸うと立ち込められた甘い香りが肺にまで入って来る気がした。
人影に近づいてみると少女が鳥に囲まれ本を読んでいた。
「あの……」と声を掛ける。
「はい?」
少女は本から目を外し、こちらを見る。
警戒している様子はない。
ここは平和な世界なのだろう。
「気が付いたらここに倒れていたのですが、この辺りに街とかありますか?」
「えっ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ここはどこですか?」
「ここはカイヤナイト領です」
「あぁ……、ここは地球ですか? 星は丸いですか? スーパーはありますか?」
「地球? 何を言っているのですか? 大丈夫ですか?」
その反応からやはりここは異世界だと確信する。
「大丈夫ですが医者に診てもらいたい。この辺りに街とかありますか?」
「えぇ、そうなさった方がよろしいでしょう。近くにリゲルという街がありますからご案内します」
少女は本を閉じて立ち上がり真っ直ぐに俺を見た。
陽光に照らされた金色の髪、物怖じしない紅い瞳、
どこから見てもヒロインだった。
「街はどちらですか?」
「あの森の向こうにあります」と彼女は指を差した。
いい天気だった。
こんな日はラブソングでも歌いながら裸で日光浴でもしていたい。
歩く道は舗装されておらず、彼女以外に誰もいなかった。
赤毛のアンの第一話を思い出した。
「赤毛のアンって知っていますか?」
「えっ? 知りませんが誰ですか?」
「あなたの名前を聞いてもいいですか?」
彼女は怪訝そうに
「……サフィニアです」と答えた。
「あなたは?」
「俺はマサユキ。記憶喪失のマサユキ」
「君のは二つ名は?」
「……あなた、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だったら医者にはいかないよ」
「……おかしな人ですね」
彼女は口を閉ざした。
森に入ると陽の光が入らないせいか随分と涼しくて気持ち良かった。
陰気な木々が発する少し湿ったような匂いも最高だった。
「ここがいいかな」
「何がですか?」
腰に下げた鞄を叩く。
「何をやっているのですか?」
「思い出したんだ。ここに来る途中、神様から鞄を貰ってね。鞄を叩くと欲しい道具が取り出せる」
「神様? あなた……」
俺が取り出したのはナイフだ。
「えっ、何を……?」
「君を殺すのさ」
俺は彼女の腹を刺した――はずだった。
しかし彼女の
「やれやれ、神に不可思議な能力とくれば、あなたは異世界転生者ですね?」
サフィニアは落ち着いていた。
とても大の男にナイフで襲われているか弱い乙女の様子ではない。
「おいおい、どういうことだ?」
「私はサフィニア。カルサイト王国第一王女にして『神罰の聖女』サフィニア」
「二つ名あるんだな」
「異世界転生者がなぜ私を襲うのですか?」
「理由なんてない」
「……魔女に召喚されたのですか?」
「魔女?」
「もういい、あなたに罰を下します」
そう言って彼女は腕を振り下ろした。
その瞬間、空から無数の矢が降り注いで俺の身体を貫いた。
目も鼻も口も肺も心臓も腕も足も身体中に穴が空いて血がドバドバと流れて俺は地面に倒れた。
「ひぃぃ……」
酷いことするじゃねぇか、と言うとしたがもはや言葉にはならなかった。
「さよなら」
消え行く意識の中でサフィニアが言った。
何が聖女だか……。
……。
……。
……。
夢を見る。
夢を見ていないとき人は死んでいる。
俺は夢を見ている。
だから、まだ生きている。
再生するまでにどれぐらい時間が過ぎたのだろう。
身体に刺さった矢を一本一本丁寧に抜いていく。
全部で四十七本の矢が刺さっていた。
血だらけになった服を脱いで裸になる。
これから何をしようか。
ひとまず花畑に戻って日光浴をしながらラブソングでも歌おうか。
それからサフィニアを殺そうか。
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