犬の名は。

廣木烏里

「テンシュ」

 いま、俺の高校は「テンシュ」の話題で持ちきりだ——

 


 「テンシュ、ヤバくね? 超怖えわ」


 いつも一緒につるんでいるカイトが言った。


 「『そんなのいる訳ねぇに決まってんだろ』って思ってたけど、なんか発見されたらしいな」

 「え、マジで!?」

 「タケル、お前知らねぇの?」

 

 テンシュは犬の名前だ。

 ただ、普通の犬ではない。

 テンシュは人間の“脳みそ”を食べて生きているらしい。

 そんな犬が世の中にいるのかと思うと、ゾッと寒気がする。


 SNS上では、「#テンシュ」「#脳みそを食べる犬」がバズっている。

 「#テンシュを見た」「#テンシュ発見」なんてハッシュタグも多いが、大体がデマだ。

 しかし、カイトが言うに、今度はマジネタのようだ。


 「ほら、ガチなんだって!」


 そう言ってカイトは俺に、スマホのTwitter画面を見せた。


 《テンシュ発見! ●●町3丁目14-6 稲生(いのう)さん、20代女性、黒髪のロングヘアの美女》


 そこには、犬の動画も投稿されていた。

 いかにも、なシェパード犬が何かを食べている。

 カメラがズームインすると、確かに“脳みそ”らしきものを食べている。


 「ヴ〜〜〜、ワンワンワンワン!!!!!」


 気配に気づいたその犬がカメラに向かって威嚇して吠えるところで映像は止まった。


 「…ヤッベェ、マジじゃじゃね? しかも、名前・住所・特徴、全部出てるし」

 「しかも黒髪ロングヘアーの美女だぜ? ヤバくね?」

 「そこ?」

 「タケルよ…、そこは大事だろ。冒険したくなるっしょ? 会いたくなるっしょ? ドキドキとワクワクが一緒に来るっしょ!」



 そうやって俺らは、「テンシュ」の真相を掴むべく(やましさもあるけど、それは置いておいて…)、日曜の朝、●●町へ向かうことを約束した。



 その日、自宅に帰りスマホで「犬 人を食う」と検索すると、ナショナルジオグラフィックの記事が出てきた。


 「ナショジオに? マジか」


 記事にはこう書いてあった。



 《ペットが死んだ飼い主の体を食べるという事件は、どのくらいの頻度で起こっているのだろうか。……科学捜査関連の学術誌には、そうしたケースが過去20年ほどの間に数十件報告されている。これらの記録からは、ひとりで死んで飼いイヌに食べられるという、人間にとってはぞっとするような状況がどのように発生するのか、その実態が見えてくる……》



 確かにペットである犬が、飼い主である人間を食べる事例があるらしい…。

 だんだん「テンシュ」が真実味を帯びてきて、怖くなってきた。


 そうこうしていると、「テンシュ」という妙な名前も気になってくる。

 「テンシュ」なんて名前の犬は、今まで見たことも聞いたこともない。この言葉にも何か意味があるのだろうか?


 辞書なんてほとんど開いたことがない俺だが、棚にあるホコリかぶった辞書で「テンシュ」を探した。「テンシュ」なんてそんな言葉どうせないだろう。そう思っていた俺は、ゾッとした。



 テンシュ〔「てんじゅ」とも〕


 〘仏〙 四天王・梵天(ぼんてん)・帝釈(たいしやく)天を初めとして、天に住するものの総称。

 ⇒ てんしゅ(天衆)



 「脳みそを食べる犬」。

 もしかして俺らは、開けてはならない扉を開けようとしているのではないだろうか?

 

 遠くのどこかから聞こえる犬の遠吠えが、かすかに耳に届いた。

 このとき、俺らは《衝撃の真実》を目の当たりにすることを知るよしもなく——

 


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