TRPG幕間

仮死パン

祠堂 嶺 ーある友との出会いー


どこから書けばいいのか―――


奴が孤児院わがやに転がり込んで来たのが17年前。

確か、クリスマスの飾付けをしていた頃だったか。


両親を亡くし身寄りが居なくなったので面倒を見る事になったと説明されたが、当時は幼かったせいかその時聞かされた内容はほとんど覚えていない。

だが、奴が遠慮がちに話しかけてきた、最初の一言だけは忘れようも無い。


「………なあ、ここってさ、なの?」


ボコボコにして泣かしてやった。後からサラ先生に物凄く怒られた。


だんだん思い出してきた。

そんな事があったから、わざと殊更ことさら可愛らしい渾名あだなで奴を呼ぶようになったんだっけ。

いきなり孤児院での年長者の座を奪われたのが気に食わなかったせいもある。

だいたい奴は男の癖に女々しくて、性格も捻くれていて、それが私を益々苛立たせた。あの時だってそうだ。


「おい、チカ。」

「………なんだよ、レイ。あとチカって呼ぶんじゃねえ。」

「お前が引き出しに仕舞ってた書きかけのラブレター、完成させて渡しといてやったぞ。」


やっぱりケンカになった。当然また泣かしてやったが。


それからも度々殴り合いになっては周りを困らせていたっけ。

一度だけ、誤って能力を使ってしまい、奴に怪我をさせた事があった。流石の私もあの時は青ざめたよ。

しかも孤児院では能力の使用は禁止されていて、破った場合はキツい罰が待っている。

その事を思い出して、私は半ベソをかきながら奴を介抱した。


「………ごめん、チカ。本当にごめん。」

「ああ………このぐらい、に比べたら大した事ねえよ。」

包帯を巻く為にはだけさせた服の下から、夥しい数の傷が現れる。


「これ………任務で?」

「そんな顔して見んなよ。………お前らはまだ任務に出るような歳じゃないし、俺が頑張るしかないだろ。」


知らなかった。あの弱虫チカが、皆の為にこんな………酷い傷に耐えてきたなんて。

そう思ったら、情けないような恥ずかしいような、そんな複雑な気持ちがして………余計に涙が出てきた。


そこから先は、わんわん泣き出してしまったのでよく覚えていない。

騒ぎを聞きつけたサラ先生に、奴が”自分が暴走して能力を使った””上手く制御出来ず反動で怪我をした”という説明をしていた事だけは朧気に覚えている。

そんな子供の嘘を見抜けないはずもない。先生は先生であらかた察したのか、孤児院内ではこの事件はあまり大きく問題にはならなかった。


ただ、UGNは違ったらしい。

程なくして奴を別の施設に移す旨の通達が来た。UGNへ当事者として異動を取り下げてもらえるよう、サラ先生と一緒に頼み込みに行った。


そしてその日の晩、奴は――――――忽然と姿を消した。


どうして。あの日、もっと素直に家族として接する事が出来ると、そう思ったのに。

奴は――――――玄寺 忠親(げんじ ただちか)は、遠くへ行ってしまった。

もう決して手が届かない程、遠くへ――――――




「………おい、なんだよこの書き結びは。」

「いやなに、もし万が一この資料が他人に見つかった場合、足が着くと困るんでな。念の為死んだ事にしておこうかと。」

「勝手に殺してんじゃねえ!!」


今、私のデスクに勝手に座り悪態をついているこの男こそが、玄寺 忠親その人である。

UGNを抜けてすぐFHに潜り込んだらしい。曰く本人の復讐の為だと言うが………今はこの話は置いておこう。

とにかく、孤児院を卒業した後も私達はこうして密かに交流を続けている。FHセルリーダーとUGNの支部長として、お互いの目的を果たす為に。


「………まあいい。所でお前、最近先生の所には顔出してんのか?」

「ああ、お互い忙しい身だ、頻繁にとはいかないがね。」

「そうかい。………次会ったらよろしく伝えといてくれ、じゃあな。」

用意しておいた資料をヒラヒラと仰ぎながら、口元だけで笑みを作り男が部屋から出ていく。


誰もいなくなったオフィスで、ポツリと独り言ちる。

「………あまり無理ばかりするなよ。お前は私の――――――」

言い終わる前に、フッと笑い煙草に火を点ける。

子供の頃の幼い感情が紫煙に溶けて昇っていくのを眺めながら、彼女は――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TRPG幕間 仮死パン @kashipam

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る