第108話 スタンピード

 世界に異変が生じたその日。


 宰相から全ての話を聞いた私たちは、急いで王宮から、ジークのいる帝都まで向かっていた。


「こっちよ、急いで!」


 シズルは私たちと行動と共にする事になり、今は帝都までの近道を案内してもらっている。


「うそ、もうこんな所にまで……」


 先を急ぐ私たちの前に現れたのは、小規模の魔物の群れだった。


 数はそれほど多くない。おそらく群れの本体からはぐれた奴らだろう。


「やるしかないね」


 アルマが腰に装備していた曲剣を構える。


 私とシズルも、魔法剣を出し、臨戦態勢を取った。


 ゴブリン、オーク、スケルトン、リザードマン、スコーピオン……。


 多種多様な魔物達で溢れ返り、多くの村や町、国が襲われ、世界は大混乱に陥っていた。


 魔物達を斬り捨てながら、アルマが私に耳打ちする。


「これも全部、ユアンとかいうやつの仕業なんだよね?」


「うん。スタンピードが起きるのは『不滅』が現れる前触れ。そして、この魔物達は誰かに統率されているように動いている。つまりユアンが、ティナ様のお力を取り込んだという事……」


 事態は思っている以上に深刻だった。


 やらなくてはいけない事が多すぎる。


 ユアンを倒さなければいけないのもそうだが、この魔物達も止めなければ、たとえユアンを倒せたとしても、統率者がいなくなり、それによって暴走した魔物達に世界が滅ぼされてしまう。


 魔物の群勢は、各地の魔物を取り込みながら、東へ東へと進み、未だ増え続けている。


 群勢の目指す先は間違いなく帝都だろう。


 そして魔物が通った跡は、生き残っている人間は殆どいない。


「ガルディア帝国が、今の所、唯一の避難場所か……」


 幸い、ガルディア帝国は魔物の群勢に襲われていない。ユアンは宰相との約束を守ったのだ。しかしそれもいつまで続くか分からない。


 彼の機嫌一つで、魔物の群勢が襲い掛かってくるやもしれないのだから。


 現に隣国であり、バルトニア帝国の協力国であった筈のアルフレディア公国はすでに滅びた。


 どんな大国であれ、あの数の魔物に襲われたら、あっという間に滅んでしまう。


 これが小国であればなおのこと。一時間と保たないであろう。


 今は宰相の号令で、周辺国が協力しあい、なんとか魔物の群勢を押し留めているが、それもいつまで続くか分からない。


 ゴブリンのような弱小の魔物がいれば、ドラゴンのような最強の魔物だっているからだ。


 今の所、ドラゴンの存在は確認されていないが、偵察部隊が何人も、ワイバーンに殺されているのだという。


「エト、アルマ。呑気に話している場合じゃないようよ」


 シズルが水魔法を前方に放つ。すると茂みに隠れていた食人鬼達が、一斉に奇声を発した。


(食人鬼達が、茂みに隠れて待ち伏せするなんていう知能を持っている筈がない。可能性として考えられるのは、連中を指示している奴らがいるか、単純にユアンが魔物の王、魔王として君臨した事で、魔物の知性や能力が上がっているかだけど……)


『アアァー!』


「――っ、めんどくさい!」


 横一閃。雷剣を振るい、その植物のような身体を斬り裂く。


「数が多い!」


 アルマが私の横で曲剣を振るい、食人鬼達を蹴散らしていく。


「っ、アルマは後ろをお願い。シズルは私と一緒に」


「ええ」


「分かった」


 アルマはあくまでサポート型だ。前衛向きではない。


『『アァァァァァー!!』』


 考える暇さえ与えられないほどの猛攻だった。とにかく数が多い。


「「雷水の斬撃サンダーストームスラッシュ」」


 数を減らすために魔力消費が大きい攻撃を放つ。


 私とシズルの強撃が食人鬼達に炸裂する。今の衝撃で周りの食人鬼達も吹き飛び、道が出来た。


「あいたっ! 今のうちに――」


 後ろを振り返ると、こちらへ突進してくる赤い目を見た。


「アルマッ! 危ないッ!!」


「わっ、エトッ!」


 咄嗟にアルマを突き飛ばす。その瞬間、安堵と共に、あ、これ死ぬなと確信した。


 全身が赤い食人鬼が、触手のような腕を槍のように変形させ、その槍の矛先は私を向いていたからだ。


――貫かれる。


 そう思い、目を瞑るが、身体を突き刺すような衝撃はいつまで経っても来なかった。


 恐る恐る目を開けると、


「エト、あなたらしくない。何諦めてるのよ」


「シズルっ!」


 シズルが水剣で、赤い食人鬼の槍を防いでいた。


雷撃ライトニングボルト!!」


 私は赤い食人鬼に向けて雷魔法を放つ。その瞬間、別の個体が赤い食人鬼を庇うようにして前に立った。


「なっ!」


『ギシャアァァァァ』


 丸焦げになったものの、庇われた赤い食人鬼は無傷だ。


 間髪入れず、アルマが追撃をするも、赤い食人鬼は後ろに飛び退き、その斬撃を回避する。


「うそぉ!」


 私たち三人が合流すると、雷水の斬撃で吹っ飛んでいた食人鬼達がわらわらと戻ってきた。

 

 赤い食人鬼を囲うようにして、円を作る。完全に囲まれた形だ。


「エト。この赤いの……」


「うん。通常の個体よりも強い」


 あの赤い食人鬼が、この辺りの司令塔だと分かる。逆にいうと、奴を倒せれば一気に戦況は有利になるという事だ。


「アルマ、シズル。全力でいくよ、油断出来る相手じゃないから」


「うん」


「ええ」


 赤い食人鬼が奇声を発する。それを合図に、ほかの食人鬼達が一斉に動いた。


『『『『ギィシャァァァァァアー!!』』』』


◇◆◇◆◇


 私たちが帝都に着いたのは、すっかり日が傾きかけた頃だった。


「シズル、大丈夫?」


「えぇ、平気よ……」


「シズル……」 


 平気というにはあまりに顔色が悪かった。右腕を押さえる彼女の顔は苦痛に歪んでいる。


 赤い食人鬼は倒せた。だが、その最後の一撃をシズルは喰らってしまったのだ。


 戦いが終わった後、すぐに彼女の腕に食い込んだ植物片を抜き、回復魔法で癒したが、中々出血が止まらなかった。


「エト、包帯もらってきたよ」


「ありがとうアルマ」


 私はアルマから包帯を受け取り、シズルの腕に巻いていく。傷口は塞ぎかかっているが、それでも夥しい出血は痛々しかった。


「ううん。それより本当に大丈夫なの? エトもいっぱい喰らってたでしょ?」


「私の傷は、シズルのに比べたら、かすり傷みたいなものだから」


 生傷の多い私たちと違って、アルマに目立った外傷はない。


 魔法ですでに癒し済みというのもあるのだが、後衛である彼女は、前衛である私たちに比べて前に出ていない。だから必然的に怪我も少なくなる。


 私の腕を取った、アルマの顔が険しくなる。そしてがばっと顔を近づけてきた。


「そんな事言っちゃだめ! 女の子は身体を大切にしないと。ほら早く服を脱いで。傷によく効く塗り薬を僕が塗ってあげるから」


「嬉しいけど、変な所触らないでよ」


「触らないよ!」


 前科持ちのアルマに一応釘を刺しておく。まあ、触られたとしても、そんなに怒ったりはしないけど。


 上着で前を隠しながら、アルマに背を向ける。


「えへへ、エトの背中だ。綺麗」


「変な事しないでよ」


「しないよ〜」


 ちょっと怖かった。あとくすぐったい。


 私の背中に、ぬりぬりと塗り薬を塗るアルマを見て、シズルがくすりと笑った。


「ふふっ、アルマはエトの事が本当に好きなのね」


「そうだよ! シズルより、僕の方がエトの事を大切に思ってるもん!」


「あら、それは聞き捨てならないわね」


 バチバチと火花を散らす二人。こんな所で喧嘩するのはやめてほしい。


 前を押さえながら、二人を注意しようとすると、後ろから声が掛かった。



「よう、お前ら。無事だったみたいだな」



「――ジーク!? とマチルダさん!?」



 声の主は、マチルダさんに支えられたジークだった。

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