第109話 訪れた再会 メイドと王女と暗殺者

「ジークも無事で良かった。魔力欠乏症の方は大丈夫なの?」


「薬で症状をなんとか抑えている状態だ。魔力を使わなければ問題はない」


「そっか……」


「ねえねえジーク。魔力欠乏症に効果のある薬って僕聞いたことないよ。そんな薬どこにあったの?」


「ああ、それはな……」


 軽くスルーしていたけれど、確かに魔力欠乏症に効く薬なんて聞いたことがない。


 彼女は知っているのだろうかと、シズルに目配せしてみる。


――薬の事、シズルは知ってる?


――いいえ、そんな薬はじめて聞いたわ。それよりジークさんが魔力欠乏症って事自体初耳よ。


――あ、そっかごめん。シズルはジークの事は知っていても、実際に会うのは初めてだったね。彼の事については後で詳しく教える。


――ええ、お願いするわ。


 物知りなシズルでも、魔力欠乏症に関する薬は知らなかった。


 でも知らなくて当然だった。だってその薬は、ジークの為に、マチルダさんが特別に製作したものだったからだ。


「私が調合したの。こいつにこんな所で死なれちゃ困るのよ。貸しがたくさん溜まってるんだから」


「はははっ、こいつしつこいだろ? しつこい女は嫌われるっていつも言ってんのに」


「ご親切にどうもっ!」


「いでっ! 病人を叩くなよ」


 無理に笑ってみせるジークの顔色は、あの時ほど悪くない。マチルダさんが直々に調合したという薬が効いているのだろう。


 ジークも話を茶化してはいるが、本当の所は理解している筈だ。


 彼女がどういう想いで薬を作ったのかを。


 彼女が自慢げに解説する薬の製造過程には、沢山の貴重な素材が使われていた。


 中には数十年に一度しか取れない貴重な素材も含まれており、今ジークが飲んでいる薬は、何度も試行錯誤した上でようやく完成した薬だと言う。


 その過程で生まれた失敗作は、数えきれないという。失敗した分だけ素材も消費している。


 それでも彼女は貴重な素材を惜しみなく使い、魔力欠乏症の薬を完成させた。


 ジークに死んで欲しくないという、彼女のひたむきな想いが奇跡を起こしたのだ。


「やっぱり二人は仲良いよね」


「僕たちもそうでしょ」


「うん。そうだね」


 アルマが私の左手を取り、握る。


「えへへ」


「……もう、先輩はどこにいても先輩だね」


 私もその手を握り返した。


 二人の茶番にほっこりしていると、シズルがぷくーと顔を膨らませて右隣にやってくる。


 そして強引に私の右の手を奪った。


「っ、シズル。言ってくれたら手くらい繋いであげるのに」


「むすー」


「ああもう、完全に拗ねちゃった」


 アルマと手を繋いだ事に嫉妬したのだろうか。そうだったらとっても可愛いな。


 両手を美少女二人に握られた状況に、少し恥ずかしく感じるも素直に嬉しかった。


(小さな幸せだけど、やっぱりこういうのが私は好きだな)


 そんな小さな幸せも、ユアンを倒せなければ二度とかみしめる事が出来なくなる。私はもう一度覚悟を決め、気合を入れ直した。


 両脇の二人がぎゅっと握り返してくる。きっと大丈夫だ。二人がいれば私は戦える。


 マチルダさんとの話を切り上げたジークが、神妙な面持ちでこちらにやってくる。


 彼の纏う雰囲気が変わり、気圧されそうになる。彼の熱がこっちまで伝わってくるようだった。


「お前達は全員ブランの奴から色々と聞いた筈だ。それを踏まえた上で話すと、ユアンを倒せるとしたらチャンスは今しかない。奴はまだ完全には『不滅』の力を制御出来ていないはずだ。そこをついて倒すしかない。彼が力を完全に制御できるようになった時が、人類の敗北だ」


 ごくりと喉を鳴らし、ジークの話に耳を傾ける。


「奴の体に、『不滅』が馴染んでしまった時、それは世界の終わりを意味する。刻限はあと数時間がいいところだろう。それを過ぎれば、この世界は奴と『不滅』に呑み込まれて終わる」


「……あの、ティナ様は。元々の力の持ち主である第一王女ウルティニア様はどうなっているのでしょうか?」


 シズルがおずおずといった様子で、ジークに質問をぶつける。


「ああシズル・ネルミスターか。そうだな、その質問に関して俺から答えられる事は一つしかない――分からないだ」


「分からない?」


「奴の住まう城の中まで仲間を派遣する事は叶わなかった。せいぜいその周辺から情報を集める事しかな。だから王女様が無事であるという保証はない。逆にいえばそうでない可能性もあるんだ」


 だから希望はある。そう言いたいのだろう。


「そうですか……ありがとうございます」


 シズルもティナ様の事が心配なのだ。そしてそれは私も同じ。


 ティナ様も必ず助けなければ。カノン様に誓ったんだから、ティナ様も絶対に守るって。


「それと斥候班から悪い知らせだ。西から東へと迫る魔物の群勢にベヒーモスが確認された」


「ベヒーモス!? あの古代種の!?」


「そうだ。あの古代から存在している伝説の魔物だ」


 アルマが驚きの声を上げる。なんとか声を出さなかったシズルも顔面蒼白だ。私の手は震えていた。きっと繋いでいる二人にも伝わっていただろう。


「だが安心しろ。ベヒーモス退治にはカトレアが出向いている」


「カトレアさんも来ているんですか!?」


「ああ。あいつも世界がピンチに陥っている時に、森の中に引きこもって研究なんてしている奴じゃないからな。それにその実力も俺のお墨付きだ」


 カトレア・シャモンズ。彼女は父と母、そして先生と組んでいたパーティーメンバーの一人だ。古代種の一体であるドラゴン討伐の生き残りである彼女なら、実力は申し分ないであろう。


 そこに他国からの軍勢も加わり、現在は善戦しているらしい。


「それとエト。お前に合わせたい奴らがいる。まあブランから話を聞いたなら、予想はつくかもしれんがな」


 両隣の二人と見合い、頷く。


 彼は知っている筈だ。あの日、カノン様がどうなったのかを。


「案内お願いします」


「おう」


 二人に先導されて、私たちはよく黒猫の集会で集まっていた酒場に通された。


 そこには懐かしい顔ぶれが集まっていた。右からフリーダ、ヨハン、ミザリー、メリティナ、ライオット、そしてルシア・ディクトリス、先生の姿だった。



「あ」



 懐かしい顔ぶれが集まる中、真っ先に私の目が捉えたのは、先生の隣に座る王族を象徴する黄金の金髪の少女だった。


 肩にかかるくらい長さだったのが、腰まで伸びているものの丁寧に整えられたストレートヘア。


 その髪はこんな暗い空間でも、きらきらと輝いて見えた。


 彼女も私に気付き、振り返って声を掛ける。


「――久しぶりね、エト」


 そう言って微笑みかける。


 忘れる筈がない。この声、この匂い、この雰囲気。


 先生の隣に座る人物は――。



「……カノン様、ずっと会いたかったんですよ」



「ふふっ、私もよエト。そして覚えていてくれてありがとう」



 あの頃と同じように笑うカノン様。私の手を取って、いつも先を歩き導いてくれた人。


 世界で最も敬愛すべき人。


 ローラに嵌められた時も、ずっと傍に寄り添ってくれていた人。


 その小さな背中に多くのものを背負っていた人。


 ようやく実感する。心が、私の全てがカノン様に引き寄せられているという事に。


 敬愛する主人にまた会えたんだと。


 一度は失い、もう二度と会う事は叶わないと思っていた人に会えたんだと。



「――っ! カノンさまっ!!」



 気が付けば、私はカノン様に向かって走り出していた。彼女も胸の前で大きく手を広げて私を迎えてくれた。

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