第101話 墓参り そして再会

 瓦礫でいっぱいの中庭を歩く。


 あの瓦礫の下に、執事のパイロンさんがいて、その近くに両親が倒れていた。それももう、一年近く前の話だ。


 私の後ろを静かについてくる先輩が、大丈夫? と覗き込んでくる。


「エト、無理しないでいいんだよ。なにも先に来る必要はないよ。城に行った後だって時間は……」


「――ううん、それじゃだめなの。先輩、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから」


「エトがそう言うならいいんだけど……」


 先輩がスッと後ろに下がる。


 私の視界を邪魔しない、何かあった時にすぐに駆けつけられる位置だ。どうやら先輩は、私が倒れないか心配らしい。


(先輩、優しいな。危険だって言ったのに、本当についてきちゃったし)


 崩壊した屋敷の裏手に回る。ここにジークと二人で墓を掘った。


 何人かの使用人達も、一緒に眠っている。でも使用人の殆どはこの墓に眠らせてあげられなかった。原型をとどめていなかったから。


 雑草の生い茂る草葉を掻き分け、ようやく墓が見えた。


「あ」


 墓を見て、思わず声が出てしまった私に、後ろにいた先輩がビクッとする。


「どうしたのエト!?」


「先輩、あれ……」


 私の指差した方向に、目を向けた先輩も「え?」と間の抜けた声を出す。


 注目すべきは墓の周辺。草に覆われている筈の墓だけはしっかり見えた。

 そう、私とジークが作った簡素な墓の周りだけ、草が生えていない。そして花が添えられ、保護魔法が掛けられている。傍目に見ただけでも手入れがされていると分かった。


「一体誰が……」


 荒らされた形跡はない。そして何重にも掛けられた保護魔法からは、両親に、死んでしまった人達に対する弔いの気持ちが感じられた。


 先輩がちょん、と触ろうとすると弾かれる。


 今度は私が手を伸ばす。私の手は弾かれなかった。


「…………」

 

「エトの知り合いかは分からないけど、この家の事をよく想ってくれていた誰かが、このお墓を管理してくれてたんだね」


「そう……みたいですね」


 一体誰がやってくれていたのだろう? 感謝してもしきれない。本当は私がしないといけない役目を誰かに背負わせてしまった。流石に毎日来ているわけではないだろうが、定期的に来てくれている事は確かだった。


 自分で行けたら一番良かった。


 でも、宰相側についた兵士や私を追っている帝国の兵士達が巡回していたせいで、あれから暫くは近寄れなかった。だから私は、あの日からずっと、死んでいった人達へ毎晩冥福を祈っていた。


 どんな時でも、どこにいてもそれは必ず行った。墓参りに行けない私のせめてもの贖罪、義務だったから。


 でも、それだけじゃ私の心は赦してくれなかった。


 だから一度、みんなに黙って行こうとした事があった。でも、先輩の寝顔を見たらなんだか離れる気にならなかった。


 その後は先輩達と過ごす時間が増え、暗殺の仕事をして自分を騙していた。仕事をしている間は余計な事を考えないで済んだからだ。


 それでも夜になると、恐怖が私を襲った。その度に先輩が、優しく抱きしめてくれた事も憶えている。


 そんな先輩も、過去に縛られていた。動揺した先輩は、見ていて危なっかしいくらい死に急いでいるように見えた。だから私が隣にいて、支えてあげなくちゃと思った。


 そうやって理由を付け、今の今までこの場所に来ることを避けていた。本当は怖かったのかもしれない。あの時は隣にジークがいた。でも今度は一人。耐えきれなくて、悲しみに押し潰されてしまうと思ったからだ。


 もしかしたら自殺していたかもしれない。


 今だってそう。アルマがいなければ、きっと私はこの場所に立てていない。この墓を見る事なく、城に向かっていただろう。


 支えられていたのは、私の方だ。


「それは違うよ。僕たちは互いに支え合ってたんだ」

「先輩……心を読まないで下さい。恥ずかしいです」


「ごめんね。それに僕はエトの心を読めるんだから、一人で行こうとしてたら絶対ついていってたよ」

「アルマ……」


 てへへっと笑いながら、墓から一歩離れる。そしてアルマは静かに手を合わせた。


「…………」


 暫く目を瞑り、黙祷を捧げた後、次はエトの番だよと言って道を開ける。


「久しぶりの、再会だね」


「うん……一年ぶり」


 アルマより一歩前に出て、両親と使用人達が眠る墓の前に立ち、しゃがむ。そして手を合わせ、一年ぶりに“ただいま”と伝える。


「ただいま戻りました。お父様、お母様」


 それ以上の言葉は必要ない。


 あとは心の中で、今まで言えなかった事、言いたかった事を呟く。何を言ったかは、先輩には全部知られてしまうけど、それで良かった。


 だって、先輩、あんなに顔を赤くしているんだから。


 一年間積もりに積もった話をかいつまんで告げ、私は立ち上がる。


「もう……いいの?」


「うん。もう大丈夫だよ、今までありがとうアルマ」


 二つの意味を込めて、私は先輩の名を呼んだ。


「……そっか。それなら良かった!」


 涙はまだ流さない。この涙は全てが終わった後に、復讐を遂げた後の為に残しておくんだ。


「じゃあ行こうかアルマ」

「うん!」


 先輩の手を取る。



「……エト?」



 その時、私たちの後ろで、懐かしい声と一緒に、パサリと何かが落ちた音がした。


 ゆっくりと振り返る。



「シズ……ル?」



 そこにいたのは、黒のメイド服を着た幼馴染の姿だった。

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