第89話 商業ギルド

 カトレアからの連絡によると二人は明日の夜までには帰ってくるらしい。


 置いて帰った事にエトが腹を立てていたらしいが、勝手に行動したあいつらが悪いと思う……単にめんどくさいという理由もあったが。


 俺は俺で忙しいのだ。


「受付さん。ギルド長はいるか?」


「あ、ジークさんお久しぶりですね。マチルダさんですね少々お待ち下さい」

「ああ、わかった」


 ここは商業ギルド。俺の仕事を登録する時にもお世話になったし、宣伝にも協力してもらった。


 ギルド長が昔馴染みだという事で色々融通をきかしてもらっている。


 暫く椅子に座って待っていると、受付の子がやってきて「何か用があるなら奥の部屋に勝手に入ってきていいそうです」と伝言を伝えに来た。


「ありがとう。突き当たりを右に行った部屋だよな?」


「はい、お間違いありません」


 ここに来るのも半年ぶりだ。王国が滅びたとか、エトを拾ったとかで色々と忙しかったからな。


 内装は昔とあまり変わっていなかった。古びた建物が歴史を物語っている。


 コンコンと木製のドアを叩く。


「マチルダ? 入っていいか?」


「どうぞ〜」


 中から気怠げな声が返ってくる。「失礼します」と言ってドアを開けると目の下に隈をたくさん作った女性が机に突っ伏していた。


 隈がなくなれば美人だというのに、なんとももったいない。マチルダの机の上には大量の書類が置かれていた。


 今日も徹夜したようだ。


「よう、大変そうだな」


 声をかけると彼女は大きく背伸びし、眼鏡を外した。


「そう思うなら手伝いなさいよね。あんたはいいよね。営業コンサルタントでやっていけてるんでしょ?」


「ぼちぼちな」


 彼女には俺が暗殺者ギルドをやっているなんて言っていない。言ったら心配されるからだ。


「はぁっ、なんでこっちの世界に来てまで書類仕事に追われなきゃいけないのよ」


「お前が偉くなって楽に暮らしたいとか言って、商業ギルドのギルド長にまで登りつめたんだろ」


 「自業自得だよ」と笑うと、マチルダが「こんな筈じゃなかった。仕事は大変だし、地球にいた頃の上司もこんな感じだったのかしら」とぶつぶつ呟く。


 俺とマチルダは転生者だ。


 前世の記憶を保持したままこの世界にやってきた異分子。


 マチルダとは幼い頃からの幼馴染で大人になっても同じ会社で働いていた。


「いやー違うんじゃねえか。あの会社ブラックだったし、上司も部下に仕事を押し付けるだけでまともに仕事してなかったと思うぞ」


「やっぱりそうよね。ギルド長って意外にやる事多いのよ。それに部下に重要な仕事を任せるなんて怖くて出来ないわ」


「普通はそういうもんだよな。なにせ商業ギルドっていう大きな看板を背負ってるんだから」

「まったくよもう」


 商業ギルドで金の横領なんてあった日にはお終いだろう。だからこうして、マチルダが身を粉にして働き、目を光らせているわけだが。


 マチルダと話していると昔の事を思い出す。


 俺と彼女は会社の中で焼け死んだ。正確には息が出来なくなってだが。


 原因は放火。辞めた社員が会社に押し入ってきて、会社に灯油をぶちまけて火をつけた。


 上司はもちろん火だるまになって焼け死んだが、俺たちもその巻き添えを食らってしまった。


 そして今、転生してこの世界で暮らしている。


「それで今日はなんの用で来たの? まさか、ただ昔の事を語り合いたかったとかじゃないでしょ?」


「ああ、そうだな本題に移ろう。実はな――」


 トルメダを確実に暗殺する為、使えるものはなんでも使う。たとえ、旧知の仲であっても。


「え、なんでそんな事を……」


 彼女は意味が分からないというように困惑した表情を浮かべる。


「ねえ、それ危ない系? なら……」


 彼女は保守的だ。決して危ない橋を渡ろうとはしない。


 だから秘密兵器を持ってきた。


「まあまあ、そんな事は言わずにな。まずはこれを見ろよ」


 持ってきたトランクを開ける。


 中には大量の金貨が敷き詰められている。


「えっ! あんたどうやってこんなに?」


「言っただろう。ぼちぼち儲けてるって」


 もちろん、この中のほとんどは暗殺報酬でもらったお金ばかりだ。


 彼女はお金を一つ一つ手に取って数える。


「手伝ってくれたら全部お前にくれてやる。どうする?」


「くっ、私がお金にがめつい事を知ってて」


 ニヤニヤとマチルダを見つめる。まだ悩んでいるようだ。なら、


「まあ無理にとは言わない。この金は別の奴に……」


「ま、まま、待って! 分かった。協力するわ」


 こう言えば必ず乗ってくると思ってた。


「はい、契約成立」


 やっぱり彼女の根っこは昔から変わらない。


 「ふんっ! これは返さないわよ」と言って、金の入ったトランクを俺から奪い取る。


「誰も取らねえよ。じゃあそういう事で――詳しくはまた連絡する」


「分かった」


 部屋を出て、受付さんに手を振った後、俺は次の目的地へと向かう。


 出来る限り最善の準備をしてトルメダの暗殺に臨みたい。

 いや暗殺に失敗して、そのまま戦闘になる可能性の方が高いか。


 ならばもう一度あの二人を鍛えるのもありだな。


 アルマは嫌がりそうだが。


 俺が出来る事は最善のサポートをして二人が死ぬ確率を下げる事だ。


 エトが死んだら、あの世であいつらに何言われるか分からないしな。




「げほっ、げほっ!」


 ビチャビチャと地面に血がつく。


 この所、発作が一段と増えてきた。薬も効きづらい。

 俺の身体は限界が近いようだ。来年の夏は拝めそうになかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る